行く年来る年






 自室で巴はふう、と大きく息を吐いた。

 お節の支度も完了した。
 今年は前回の轍を踏まぬよう、年賀状ももう出した。
 当然、大掃除も終了しているし、のんびりと年を越すことができる。

 時計を見ると、もう年が変わるまであと15分だ。


 携帯を手に取る。
 コールしようとして寸前で思いとどまり、メールを打つ。

 短い文章のメールはすぐに打ち終わり、送信する。
 そわそわしながら待つこと数分、巴の携帯が着信を告げる軽快なメロディを鳴らす。


「伊武さん、こんばんは!」
「…………何?」


 勢い良く電話を取ると、携帯から鳴っていたメロディとは対照的にテンションの低いいつもの声が耳に届く。
 もっとも、テンションの高い伊武の声なんて聞いたことがないのだけど。


「えっと、今、大丈夫ですか?」
「何がだよ」
「食事中とか、見たいテレビがあるとか、家族団らんの最中だとか、そういうことはないのかな、って」
「……忙しかったらキミのメールなんて無視してるよ。
 で、珍しく人の都合なんか気にしたりして、どうしたのさ。何かあったの」


 口ではそう言っているが、実際伊武が巴のメールや電話を黙殺などした例はない。
 しかしまあとにかく、忙しくはないみたいなので安心する。


「いえ、別に何もないんですけどね。
 もうすぐ年が明けるじゃないですか」
「そうだね。で、それが?」
「もう、伊武さん、反応が薄すぎますよ!」
「ああ、ゴメンね。
 でもだからってどうしろって言いたいんだかサッパリわかんないんだけど。これって俺の勘が鈍いわけじゃないと思うんだけどな……


 要領を得ない巴の話に、伊武がボソボソと文句を言う。


「だから、今年の最後と来年の最初に、伊武さんと話をしたいな、と思って電話したんです」
「…………ふうん」



 少しの沈黙のあとの、そっけない返事。
 けど、これは拒絶じゃない。
 一年半の付き合いで、それくらいは巴にもわかるようになった。


 だけど、せっかくなので答を強要してみる。


「ダメですか?」
「ダメなんて言ってないじゃないか。
 別にかまわないよ。
 けど、本当にキミって変わってるよね」
「そうですか?」


 別に変わってない。
 年の変わりに好きな人の声を聴いていたいと思うのは別におかしくない。
 さすがにそんなことは口にしないけど。


「で、あとまだ十分くらいあるけどそれまで俺はキミの取り留めない話を聞いてればいいのかな」
「十分なんてすぐですよー。あ、今更ですけど今年もお世話になりました」
「本当にね」


 ここは普通否定するところだろうが、伊武にそんな常識は通用しない。
 そして実際問題いつも世話をかけているので巴も反論できない。


「う……確かに、そうですけど」
「なんだよ。
 キミが自分から言ったんじゃないか。
 まるで俺がキミを責めてるみたいだろこれじゃ」


 ヤバい。ボヤキが始まる。
 さすがに年の瀬をボヤキで締めくくられるのは嬉しくない。



「そ、そんなことは言ってないですよ。
 ただ、来年は迷惑かけないように頑張りたいな、っと……」
「別にいいんじゃないの?」
「え?」


 携帯の向こうから聞こえる伊武の声は、いつもと同じように抑揚のない、感情の読めない声だ。
 だからその声が、少し優しいような気がするのは巴の気のせいかもしれない。



「俺に迷惑をかけるのが目的で何かしているワケじゃないんだし、
 何かやろうとした結果なんだから、これからもやりたいようにやればいいんじゃない。
 周りを気にして足踏みしてるのなんて、キミらしくないし。それに」
「それに?」


「俺はキミに迷惑かけられるのは、そんなに嫌じゃないし」
「そうなんですか?」


 言っとくけど、だからって迷惑かけられたいわけじゃないよ、と釘をさされる。


「伊武さん……」
「あ、もうすぐ日付が変わるよ」
「…………せっかく珍しく伊武さんが優しいこと言ってくれた余韻に浸ってるんですから水を差さないでくださいよ」
「どういう意味だよそれ」
「いえ別に。
 あ、あと30秒切りましたね!
 カウントダウンしましょうか!?」
「一人でやれば」


 やはり相変わらずである。


「5・4・3・2・1、あけましておめでとうございます!」
「俺の時計と2秒ズレてたみたいだね。
 あけましておめでとう」

 時計の針が12時を指した瞬間に巴が言うと、一言余計な伊武の言葉が返ってくる。
 日付が変わるのは昨日だって明日だってきっと同じなのに、大晦日だけはこんなに特別な気分になるのは何故だろう。


「今年も、よろしくお願いしますね、伊武さん」
「そうだね。よろしく。
 とりあえず、10時間後くらいに初詣に誘いにいくつもりだから」
「あ、はい、待ってます!
 ところで、伊武さん」
「何」


「来年も、再来年も、こうやって一緒に年越しを迎えられたらいいですね」



 来年も、再来年も、もちろんその先もずっと。
 そう言うと、少しの沈黙の後、携帯の向こうで伊武は「その頃は声だけじゃない方がいいけどね」と答を返した。



 今年も、良い年でありますように。






ギリギリまでリョーマにしようか伊武にしようか考えましたが最近伊武書いていなかったんで年内最後は伊武巴で〆。
あんまり伊武も巴ちゃんも紅白とかは見ていない印象があります。
何はともあれ、本年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします〜。

2008.12.31.義朝拝

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