伊武は巴を見下ろすとため息をついた。
ちょっと人が離れた隙にこれだ。
巴はベンチですやすやと気持ちよさげに寝息をたてている。
馬鹿みたいにつっ立っていてもしょうがないので伊武も隣に腰を下ろし、手に持っていた缶コーヒーのプルタブに爪をかける。
軽い抵抗の後、微かな湯気とコーヒーの芳香が立ち上る。
巴が目を覚ます頃には冷めるかな、と少し思ったがまあ自業自得だし、温かいのが飲みたければまた買えばいい。
そう思い直して結局行動は起こさない。
手袋を外した手にコーヒーの缶は熱いくらいだが中身はそれほどでもない。
ホットの缶飲料特有の匂いが伊武はどうも好きになれないが、やはり冬の戸外で飲むものは温かい方がいい。
少しでも冷めるのを防ぐ為に巴の分の缶コーヒーはポケットにしまう。
横で、かすかに巴が身じろぎした。
缶を口から離すとぼそぼそと伊武が一人ぼやきだす。
「まったく、人にコーヒー買ってこさせておいて自分はのんきに居眠りなんていい御身分だよねホント。
大体こんな寒い日に外で眠れるなんて一種の才能じゃないの?
まあなんの得にもならないけど。
これでキミが風邪引いたりしたら俺のせいなのかなあ……それで責められたりしたら堪んないよなあ。でも上着貸してこっちが風邪引いたらバカバカしいし。
本当に脳天気で傍若無人でかまえばすぐに調子に乗るしほっとけば落ち込むし鈍いくせに変なところだけ妙に鋭いし……。
しかも何が最悪ってそういうとこ全部ひっくるめてそこが好きだって俺に思わせるあたりが一番タチが悪いよね……本当に」
やっと口を閉じたかと思われた伊武が缶に残ったコーヒーを一気に飲み干すと、また再び口を開く。
「それもこれも惚れた弱みってヤツ?
因果だよなぁ……で、巴はいつまで狸寝入りを続けるつもりな訳?
コーヒー冷めるよ」
その言葉を機に、巴の表情が困ったような顔になる。
目はまだ開かない。
ただ、起きていることだけは明白である。顔が真っ赤だ。
やがて、伊武とは反対方向に視線を向けながら巴がゆっくりとまぶたを開く。
「……起きた事に気が付いてたんなら、起きられなくなるような台詞を言わないでください」
「寝てる相手に話しかける訳ないじゃないか。 それともなに、俺が一人でブツブツしゃべってると思っていたわけ? 大体居眠りしたのは事実だろ。はい、コーヒー」
さっきの台詞は夢だったのかと言わんばかりに憎らしいほどの無表情で伊武が巴にポケットから取り出したコーヒーを渡す。
外気に触れていれば冷たく冷え切っていたであろうそれはまだほのかに暖かく、巴の頬のほてりを鎮める役には立ちそうも無かった。
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