パアン!
「あけましておめでとうございます!」
「……おめでとう」
初めの音はクラッカーの破裂音。
次に続いたのは玄関前でクラッカーを構えた巴。
最後の台詞はそれらの同時攻撃を受けた伊武の第一声である。
クラッカーのまき散らした紙を頭から払うと、伊武はいつも通りの無愛想な顔で巴を見下ろした。
毎回毎回なにかしら伊武の予想を超えた言動を行う巴である。
まさか玄関のドアを開けた途端にクラッカーとは。
伊武の推察するに、このクラッカーはおそらくクリスマスの余りだ。
「キミさあ、もしドアを開けたのが別人だったらどうするつもりだった訳?
今日は休みなんだし、俺は朝寝してて出てこないかも知れないじゃないか」
時刻は午前9時半。
決して早い時間ではないが寝正月を決めこんでいればまだ布団の中にいてもそれほどおかしくない。
だが、巴はその言葉に我が意を得たりとばかりに答える。
「大丈夫です!
ちゃんと伊武さんだって確認してから鳴らしましたし、今日この時間に深司さんが起きていることは神尾さんに聞いて知っていましたから!」
そう言えば先日神尾に妙に執拗に今日つきあう事を約束させられた。
あれはそういう事か。
しかし、クラッカーは確かに伊武がドアを開けたのとほぼ同時だったように思うのだけど。
「一瞬だって深司さんを見間違ったりしませんよ!」
それは光栄だ。
その自信が過信じゃなければ、だけど。
「で、俺を驚かせるためにわざわざ正月の朝から襲撃してきたわけ? 新年早々、本当に物好きだよなぁ……。」
「違いますよ! 今回の目的は、こっちです!」
そういうと、持っていたバックに手をいれ、しばらく何か捜索している。
それほど大きくないバックなのに、中は一体どれだけ混沌としているんだか。
やがて、目的の物を見つけ出した巴が満面の笑顔でそれを差し出した。
「今年も、よろしくお願いします!」
そんな言葉とともに差し出されたのは。
一枚の、年賀状。
「……なんでわざわざ手渡し?」
「こうしたら、絶対に一番に伊武さんに渡せるでしょう?」
成る程。確かにまだ郵便は届いていない。
必然的に巴の年賀状は一番乗りというわけだ。
たかだかそれだけのために、朝から伊武の家にやって来た、と。
新年早々物好きだ、という点では伊武の評価は変わらない。
まあ、ただ、悪い気はしない。
「とりあえず、こんなところで立ち話もなんだから、移動しようか」
そう言ってコートを手に外に出てきた伊武に巴が楽しそうな声をあげる。
「あ、初詣ですか?」
「あー、そういえばそんなのもあったね……別にいいけど」
ただ単に元旦の朝に女の子が訪ねてきたという事で家族に好奇の目を向けられているのだ。
これ以上家庭内に話題を提供するつもりはない。
それだけだったのだけれど。
彼女だったら家族に紹介するのもアリかもしれないけれど、今の二人の現状ではそれは無い。
知り合って一年半以上。
今も結局中途半端な距離間を保ったままで現在に至る。
これは半ば意固地になってしまっている伊武自身のせいでもあるのだが。
そもそも、伊武は人間関係において能動的に動くと言う事をしない。
きっと、何かを期待して裏切られるのが嫌なんだ。
でも、欲しいものを手に入れるためにはきっといつか自分から動き出さなければならない。
それは本当はわかってる。
今年は、ひょっとしたら、動き出せるのかもしれない。
微かにそんなことを思いながら、伊武はコートのポケットに年賀状を入れると玄関の扉を後ろ手で閉めた。
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