「……何、人の顔をじろじろ見て」
妙に伊武の顔を凝視している巴に訊ねる。
この視線には見つめられている、というよりは観察されている、という形容が正しい。
よって、まったく嬉しくない。
「そうやって見られてると落ち着かないんだけど。ひょっとして、新手の嫌がらせ?」
伊武の言葉に、巴が軽く首を振る。
「違いますよ。伊武さんってキレイだなあって」
「は? 何それ、寝言?」
眉を寄せ、一刀両断する。
しかしこの突拍子もない発言では無理もない。
「いや、あのですね、この間学校で伊武さんの話になりまして……」
どういう流れでそんな話になったのかは記憶にない。
ただ、伊武と時々一緒に練習をしている、と巴が言ったところ、こう言われたのだ。
『不動峰の伊武さんって格好いいから他校の女子に人気あるんだよ』
今まで意識した事がなかったのでピンと来なかったが、そう言われて見ると確かにキレイな造作をしている。
そう言えば伊武の顔をまじまじと見たことなんて無かったなぁ、と思っていたのでつい凝視する形になった。
と、まあそういう事らしい。
「ふーん……言われてから改めて見ないと俺の顔も思い出せないんだ、キミ」
女子ならば嬉しい褒め言葉なのかもしれないが、あいにくと伊武は男である。
キレイ、という言葉を頂戴しても嬉しくもなんともない。
「で、その辺どうなんですか?」
「なにが」
「だから、やっぱり他校の女の子にモテるんですか?」
伊武の目が半眼になる。これは答えは得られそうにない。
「本当に、デリカシーないよね、キミ。
まあ別にそんなもの初めから期待してないけど。大体、好きな子以外に好かれたって鬱陶しいだけだよなぁ……」
「え、伊武さん、好きな人いるんですか?」
「…………」
そして、どうしてこういつも余計な事だけはちゃんと聞いているのか。
好きな人?
いるよ。目の前に。
鈍くて能天気でそのくせ変なところだけ妙に鋭くて、お節介で図々しくてお調子者の相手が。
回答を期待していた訳ではないのか、巴はそのまま呑気にこの話題を続行する。
「そっかー、でも同じ不動峰の人相手だと苦労しそうですね」
「なんで」
「だって、他校の人みたいに遠くから見ていたらわかんないけど、伊武さん怖いじゃないですか」
直球。
ど真ん中ストレート。
「……なにソレ」
「あ、怖いってのとはちょっと違いますね。
近寄り難いって言うのかな。いつも不機嫌そうにブツブツボヤいてるし」
その近寄り難い相手に対してまったく物おじせず、いきなり電話をして散々テニスの練習に誘ってきた張本人がそれを言うあたり。
「さっきから、ひょっとして喧嘩売られてる?
……そうでもなきゃ普通面と向かってここまで罵詈雑言言わないよなぁ……それを黙って聞いてるなんて俺っていいヤツだなあ……」
「全然黙ってないじゃないですか。そうじゃなくて!」
じれったそうな声をあげる。なにがそうじゃないと言うのか。
「伊武さんのいいところは、よーーっっっっく見ていないとわからない、って思うんです。
見かけとかじゃない、いいところは」
案外つきあいがよかったり、
わかりにくいけれどちゃんと優しかったり、
そういうところをちゃんと知るにはうんと近くまで入りこまないとダメだ。
それがちょっともったいないような気も、だけどそれで充分な気もする。
「よーーっっっっく、って、なんでそこまで強調するかなあ……そうやって偉そうに言うって事は、キミは判ってるわけ?
俺のいいところ、ってヤツを」
伊武の言葉に胸を張って即答する。
「当たり前ですよ! いつもこんなに近くにいるんですから。
不動峰の皆さんの次くらいにはわかってるつもりですよ、伊武さんのこと」
「ふーん……じゃ、いいや」
「いいやって、何がいいんですか?
私、だから伊武さんは好きな相手に良さをわかってもらうには苦労するって言ってるんですけど」
「うん。だから」
「???」
彼女が、なんだか知らないけれど自分の『いいところ』とやらをわかってくれていると言うのならば、他の人間なんてどうでもいい。
どう思われていようが関係ない。
「……でも、、わかってるとかいいながら、肝心なことはやっぱりわかってないんだけどね 」
「? 肝心なことって、なんですか?」
「教えない」
「えー? 気になるじゃないですか、伊武さんのケチ!」
|