「……ねえ、さっきから鳴ってるのキミの携帯じゃないの?」
指摘されてはじめて気がついたらしい巴が、慌てて鞄から携帯を取り出す。
「あ、本当だ! いつから鳴ってたんだろう……」 「大体30秒くらい」 「って、気がついていたんならもっと早く言ってくださいよ!」 「すぐに気付くと思ったから。ごめんね。 でも何で俺が責められなきゃならないわけ? だいたい人に指摘されてから気がついたくせに文句までつけるなんてナマイキすぎ…」
それ以上はぼやく伊武に構わず、携帯を開くと音を止める。 どうやら電話ではなかったらしい。しかしメールの着信音にしてはいささか長すぎないか。 と、言う事は。
「……アラーム?」
こんなハンパな時間に?
「あ、はい。 忘れちゃいそうな用事がある時は設定しておいてるんです」 「まあ、鳴っていることに気がつかなかったら意味無いと思うけど」 「結果的に気がついたからいいんです! ……あー、今日お風呂当番だったんだ。 もう帰っとかなきゃ遅れたらまたリョーマくんに怒られちゃう」
突如湧いてでた名前に伊武が眉を顰める。
巴は、まったく気がつかない。
「別に居候なんだから家事を手伝うのは当然だけど、なんか気にいらないよなあ……」
小声で、ぼやく。 冷静に考えてみれば普通のことなのかもしれないけれど巴が風呂を沸かしてそれに越前が入ってるとか思うと、なんか本当にムカつく。
人は、それを嫉妬と言う。
「え、今伊武さん何か言いました? ちょっと待ってくださいね。 今から帰るって連絡だけ入れておくんで……」
と、急に手がのびて巴の携帯を閉じる。
その意味がつかめずに巴は怪訝な顔をして伊武を見た。
こういう時、伊武の無表情は本当に感情が読めなくて困る。
「あのー……閉じられると電話かけられないんですけど」 「そうだね」 「手、どけてもらえないですか?」 「やだ」 「やだって、伊武さん」
「だって」
まっすぐに巴の目を見る。
「この手をどけちゃったら、もう帰るんでしょ? だったらどけないよ。 電話がかけたかったら、払いのければいい。決めるのはキミだから」
それほど力のこもっていない手。 きっと言葉どおり、払いのければあっさりとこの手は携帯から離れるのだろう。
たっぷり十五秒は考えた。
「もう! ずっとこうしていたってしょうがないじゃないですか! かけますからね、電話!」
意を決して伊武の手を携帯から払いのけるとダイアルをプッシュする。 繋がるまでの少しの間、沈黙が重い。
「あ、菜々子さんですか? 私、巴です。 はい、…あのー、それがですね、今日ちょっと帰りが遅れそうなんでお風呂当番、代わってもらえませんか? はい…あ、はい、それはもちろん。じゃあ、失礼します」
電話を切ると、振り返り伊武を軽く睨みつけるフリをする。
「お茶でもおごってもらわないと割に合わないですよ、伊武さん?」
「……それって高すぎ」 「どういう意味ですか!」
珍しく、伊武が少し笑った気がした。
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