いつものように二人で練習をしていたその日、これまたいつものように昼休憩を食っていた時のことだ。 「……ちょっと黙って、目ぇ瞑れ」 だらだらとくっちゃべっていたどうでもいい話を中断し、宍戸がそう言うと、巴はすぐに両目と口を閉じた。 右手を伸ばし、人差し指と親指で巴の左まぶた、その下の睫毛に触れる。 やったことは、睫毛の先に付いていた小さなゴミを取る。それだけだ。 「もういいぞ」 宍戸の言葉に、ぱっちりと巴が瞳を開く。 そして同時に口も開く。 「何やってたんですか?」 「マツゲにゴミついてた。 ……つーか訳もわかんねぇで目つむってたのかよ」 「だって、宍戸さんが目を閉じてろって言うから」 「訊けよ」 「黙って、とも言われましたから」 確かにそう言った。そう言ったのだが。 「何されるかわかんねーだろが」 言われるままというのはどうなんだろう。 若干呆れた口調の宍戸の言葉に、巴が口を尖らせる。 「そんなことないですよ! 相手が宍戸さんだから、信用してるんじゃないですか」 そう言われても困る。 信用されている、というのはこの場合誉め言葉なんだろうか。 選抜合宿で知り合ってからこうして一緒に週末に練習をするようになって結構経つ。 毎回昼食まで持参してくる巴とは付き合っているのだと周りには思われているようだが、宍戸本人にはあまりその感覚はない。 都合が合えばしょっちゅう顔を合わせているけれど、テニス以外の用事で会った事はほとんどない。 巴を名字でなく名前で呼ぶことに戸惑わなくなったのも、情けない話だけどつい最近だったりする。 つーかその経緯も思い出すと情けないこと限りない。 自慢じゃないがそういう方面は疎いことこの上ない。 ずっと片思いのような、そうでないような、そんな状態でズルズルと今まで過ごしている。 信用されているのも、巴にとって単に安全圏の人間だと思われているだけなのかもしれない。 下心なんて全くなかったと言い切れるけれど、さっき、手が微かに頬に触れたとき、その柔らかさに心臓が破裂しそうな気になったのも、また確かな事実だ。 「あんま、信用なんかすんな」 「へ?」 つぶやいた小さな言葉にキッチリ反応されて、慌てる。 聞いて欲しくないことだけはバッチリ耳に入れているのだからタチが悪い。 「な、なんでもねえ!」 「そうですかー?」 「そうだ! 何にも言ってねえ!」 我ながら空々しい 強引ごまかした宍戸の顔を、巴が下から覗き込む。 上目遣いの目と目が合う。 「それでも、やっぱり目を閉じちゃいますよ、私。宍戸さんだったら」 「な……ッ!?」 「さ、練習再開しましょうか!」 にこりと笑うと、威勢良く立ち上がりラケットを握る。 それは、いつもの巴だ。 少なくとも、宍戸にはそう見える。 本当に、考えてることなんか全然わからねえ。 まだしばらくこうやって勝手に翻弄されてしまうんだろう。 激ダサだぜ、ホント。 内心溜息を付きつつ、立ち上がると宍戸はこっそりと息を整えた。 練習中の変わらないくらいに弾む鼓動を抑える為に。 |