「あれ、今のって氷帝のユニフォームじゃない?」 はじめに気がついたのは那美だった。 珍しく部活が休みだったので二人で出かけている先での事である。 そう言えば氷帝学園はこのあたりだったか。 「あっちにコートがあるのかな」 なんとなしに、巴と那美は顔を見合わせる。 乾のようにデータを取りたい訳ではないが、やはり他校の練習風景というのは少々気になるものだ。 結局、どちらからともなく、『ちょっと覗いてみよう』という事になって先ほどユニフォーム姿の人影が消えて行った方へと足を運ぶことになった。 「うわぁ、さすがに100人も部員がいるだけあってコートも広いね」 巴が感嘆の声をあげる。 一方、那美はコートを見渡しながら若干残念そうに言った。 「でも、見知った顔の人はいないね。準レギュラーの人だけなのかな」 レギュラーは別の場所で練習をしているのだろう。 そう思った那美の言葉に、巴はきょとんとした表情を見せる。 「え? でもあそこに宍戸さんがいるけど……そう言われて見れば宍戸さんしかいないね」 「宍戸さん? どこに?」 那美に巴はコートの一角を指し示す。 「ほら、あそこ。誰かに指導してるみたい」 言われた方を目を細めて見る。 確かに宍戸だ。 「本当。よくわかったね、モエりん」 感心する那美に巴は妙な顔をする。 「え? だって、宍戸さん目立つじゃない」 その言葉に今度は那美が妙な顔をする。 氷帝の選手は確かに個性的で目立つ人間が多い。 しかしその中で宍戸はかなり地味な部類に入るのではないだろうか。 少なくとも、那美は宍戸を目立つなどと思った事はない。 思った事をそのまま告げると、巴は不満そうな声をあげる。 「だって、氷帝の人たちで一番最初に目に入るのは、いつも宍戸さんだよ」 「……それってさあ、宍戸さんが目立つから、じゃなくて単に宍戸さんだから目立つ、じゃないの」 呆れたように那美が言う。 言っている言葉の意味が掴めていない巴に、更に那美は付け足した。 「だから、モエりんにとって宍戸さんが特別だから目立って見えるんでしょ」 「よし、んじゃここらで休憩にすっか」 そう言うと、宍戸はラケットをベンチの端に立てかけ、腰を下ろす。 同じく巴も宍戸の横に腰を下ろす。 「宍戸さん」 タオルで汗を拭きながら声をかける。 同様に汗を拭いていた宍戸がこちらを向いた。 確かにこうして改めて見ていると目立つ風貌ではない。 「あ? なんだ」 「この間のお休み、準レギュラーの人たちと練習してました?」 巴の唐突な質問に、宍戸は肯定の返事を返す。 「ああ、どうせ引退したってもヒマだしな。準レギュラーのヤツ等の練習に付き合ってた。 ……にしても、よく知ってんな、お前。ひょっとして見てたのか?」 やはりアレは宍戸だったらしい。 少し考え込むような素振りを見せる巴に構わず、宍戸は自分のカバンから今度はスポーツドリンクを取り出して口に含む。 巴が唐突に妙な質問をしたり、不意に自分の(恐らくトンチキな)考えに没頭するのは今に始まった事ではない。慣れた。 「宍戸さん、突然なんですけどね」 「ん?」 ドリンクを飲みながら宍戸が返事をする。 「私、宍戸さんのこと好きなのかもしれないです」 「ゲフッ! ゴホゲホッ!」 ドリンクを噴出すと共に、宍戸が咳き込んだ。 気管に入ったらしい。 「大丈夫ですか?」 覗きこむ巴の目に、涙目になって鼻を抑えている宍戸が映る。 ……どうやら、鼻にもきたらしい。 「おま……ケホッ、突然何を……」 「だから、『突然なんですけどね』って言ったじゃないですか。 でも、まあそうですよね、いきなりそんな事言われても迷惑ですよね。忘れてください」 いきなりサラリと口にしてしまったけれど、さすがに軽率だった。 そう思い発言の撤回を図る巴に、瞬時に宍戸が言葉を返す。 「迷惑なわけ、ないだろ!」 「え」 「あ」 思わず反射的に言ってしまってから、慌てて宍戸が口を押さえる。 数秒の、なんとも居心地の悪い、間。 「だ、大体だな、『かも』ってなんだ『かも』って。そういうのは確定してから言え!」 あらぬ方向を向きながら言う。 タオルで半分顔を隠しているが、耳まで赤い。 あ。 なんだか、急に、シアワセな気分になった。 「はい、訂正します。 『かも』じゃなかったです。私宍戸さんのこと好きです」 宍戸が再び口にしようとしていたスポーツドリンクをまた盛大に吹いてボトルを取り落とした。 |