「地元でお祭があるんですよ! 花火もあるらしいですし、行きましょうよ宍戸さん!」
浮かれきった調子でそんな誘いの電話を巴がかけてきたのは昨日のことである。 そんなわけで現在、巴を待っているわけだが、周り中がいかにもお祭ムード一色でどうにも落ち着かない。 大体、誘ってきた本人がなんで遅刻しているんだか。 なんだか、俺がメチャクチャ楽しみにしてるみたいじゃねぇか、と宍戸は心の中だけで愚痴る。
「宍戸さん! お待たせしましたー。ごめんなさい!」 「おせーぞ、巴……」
文句をいいながら声のした方向を向いて、言おうとしたセリフが途中で霧散した。
紺地に卵色のアヤメ模様の浴衣。 浴衣と同柄の巾着袋に、赤い鼻緒の下駄。 いつも下ろしたままの髪も綺麗に結ってある。
巴には珍しく画期的なまでにおしゃれ心を発揮している。
「浴衣なんて滅多に着ないから時間が掛かっちゃいました、すいません〜。 …………宍戸さん? どうかしましたか?」
「あ、ああ。やっぱ巴だよな。 一瞬、別のヤツかと思ったぜ」
「なんですか、それ」 「うるせぇ、行くぞオラ」 「はーい」
びっくりした。 そういえば巴と会うのはいつもテニスコートなので基本、私服であったとしても運動のしやすい格好を優先しているのでこんな風にいわゆるヨソイキ、の格好の巴を見たことはなかったのである。 赤面したのがバレなかっただろうか。…夕方でよかった。
しばらく屋台を冷やかしている時のことだった。
「あ、宍戸さん、あっちでりんご飴売ってますよ!」 「また食うのかよ?」 「いいじゃないですか、せっかくのお祭なんですから」 「そりゃ、まあ、別にかまわねぇけどよ……ん?」
急に怪訝な顔をして上を見た宍戸につられて巴も上を見る。 と、鼻先にぽつんと水滴が当たった。 たちまちそれは大粒の雨となる。
「やべぇな…。巴、走るぞ!」
慌てて巴の手を引いて走ろうとした宍戸だったが、とたん、巴が顔をしかめた。
「痛っ!」 「ん、どっかぶつけたのか?」 「いえ、下駄で靴擦れが出来たみたいで……あれ、下駄なのに靴擦れってなんかおかしいですね。下駄擦れ?」 「バカなこと言ってる場合かよ。ほら、おぶってやる」 「宍戸さん……浴衣じゃおんぶはできません」
そんな会話をしている間にも雨は段々激しくなってくる。
「あーもう、面倒くせぇな、巴、下駄持ってろ!」 「え? きゃっ!」
下駄を巴に持たせると、宍戸はそのまま巴を抱えあげてアーケードまで疾走する。 いつから足を傷めてた? 巴が宍戸に黙ってガマンして今まで歩いていたのかと思うと腹立たしい。 妙な遠慮をしている巴にも、それに気がつかない自分にも。
アーケードにたどり着いた直後、雨は土砂降りへと変化した。 間一髪セーフ、である。
「こりゃ、花火は中止だな……」
何気なく呟いた宍戸に、肩の上から溜め息が聞こえる。
「あーあ……ついてないなぁ」 「そんなに盛大に溜め息つくほどのことか? たかが花火だろうが」 「花火だけじゃないですよー。一から十までついてないです。 せっかくのお祭なのに雨にふられちゃうし、宍戸さんには迷惑かけちゃうし」 「別に俺は……」 「大食いだって言われるし」 「そうは言ってねぇだろが」 「張り切っておしゃれしてきたのに、靴擦れはおこすし、宍戸さんはノーリアクションだし」 「それは…………おい待て、聞いてると殆ど俺のせいじゃねぇか」 「別にそうは言ってないですけどー」
このヤロウ。 顔が見えないと思って言いたい放題言いやがって。
「別に祭は今日だけじゃねぇし、花火だって雨天順延だろ? また来りゃいいじぇねぇか。 ……俺でよけりゃ、また付き合ってやるからよ」 「ホントですか!?」 「ただし、次は浴衣着ても下駄じゃなくてサンダルにしとけよ。 また足傷めたらバカバカしいだろうが」 「浴衣着るな、とは言わないんですね」 「別ににそれはいいんじゃねぇの? …………似合ってるし」
最後の一言は小さな声で言ったつもりだったが、きちんと巴の耳には入っていた。 途端、はしゃいだ声が聞こえる。
「宍戸さん……今の、今のもう一回言ってください!」 「うるせぇ! 絶対言わねぇ!」
顔が見えない状態でよかった。 さすがに今度のはごまかしがきかない。
「つーかお前が今日浴衣着てきたのって……」 「はい?」
俺の為?
「いや、なんでもねぇ」
……訊けるわけねぇか、んなコト。
「…ところで宍戸さん、いつまで私、抱えあげられてるんですか?」 「お前の家までだろ? 足傷めてんだから」 「いえっ! いいです! 下ります!」 「暴れんな!」 「いや、さすがにこの状態のまま家に連れて行かれるのは恥かしいものが……!」 「うるせぇ、恥かしいのはこっちもだ! いいから大人しくしてろ!」
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