放課後、部活を終えて帰路につこうとしていた巴の携帯が鳴った。 上着のポケットに手を入れるが、そこに携帯はない。 慌てて鞄の中に手を入れる。しばらく中を探ってやっと目当てのものを引っ張り出す。 幸い、切れることなく着信メロディは鳴り続けている。 「はいっ、もしもし?」 『お疲れさん、今ええ?』 忍足だ。 「はい、大丈夫ですよ。今部活が終わって帰るところなんで」 『ほんならそっち行くわ』 「え、そっちって」 どこかで待ち合わせますか? そう言おうとしたが、正面から忍足が近づいてきているのが目に入って絶句する。 携帯を耳に当てたまま、楽しそうな顔でこちらを見ている。 「え、っていうか、どこからかけてたんですか!」 「ここやけど? っていうか巴、目の前におるのに携帯で話してるのは変とちゃうか」 「そうさせてるのは誰ですか!」 言いながら、携帯を仕舞う。 忍足は私服だ。もう受験も終了して時間に余裕があるのはわかっているが、まさか校門前で待ち伏せしているとは思わなかった。 「……いつから見てました」 「校門から出てきて大慌てで携帯探し回ってるところからやな。にしても巴、着メロえらい懐かしい曲入れてるんやね」 「普通に声かけてくれればいいじゃないですか!」 あの間抜けな姿を見られていたと思うと羞恥からつい声を荒げてしまう。 もっとも忍足としては別段気にしている様子もない。 「で、どうかしたんですか、急に」 「急に……まあ、そうなるわな、巴やしな」 「???」 忍足の言っている意味が理解できない。 首をかしげる巴に、忍足は苦笑を浮かべながらこう言った。 「今日は何日や」 「14日……あ!」 うっかりしていた。 言われて初めて気が付いた。 「ホワイトデー……ですか?」 「ご名答。ほな手ぇ出して」 促され、両手を前に差し出す。 忍足は先ほどの携帯を探していた巴の姿とは対照的にスマートにポケットに手を入れるとすぐに目当ての物を取り出し、巴の手のひらに乗せた。 細身の、シンプルなデザインの指輪。 「受け取ってくれる?」 「……こ、これ、高いんじゃないですか……? 少なくとも私が先月あげたチョコレートの三倍どころか三十倍はしそうな気がするんですけど……」 「いくらなんでも三十倍はいいすぎやろ。プラチナやないねんから」 「それでも高いのは高いですよね!?」 おののく巴に構わず、一度巴の手のひらに乗せたそれを彼女の右手中指にはめる。 いつのまに調べたのかそれとも偶然か、指輪はぴったりと中指に収まった。 それを確認すると忍足は満足そうに頷いた。 「良かった。サイズも大体あっとるみたいで」 「人の話を聞いてください!」 「気にいらへん?」 「……そんなわけないじゃないですか」 むしろ逆だ。 派手派手しくはないけれど女の子らしいこの指輪は巴の好みど真ん中である。 その辺りはさすが忍足と言う他ない。 「そんなら受け取ってえな。心配せんでも、半分は俺の為やから」 「自分の為って、どういう意味ですか?」 「虫除けと自己満足。あー、ええねんて巴にはわからんでも」 忍足の言っている意味がイマイチ飲み込めなかった巴だが、とりあえずそれ以上遠慮してもしょうがないみたいなのでありがたく受け取ることにした。 「それじゃ、遠慮なくいただくことにします。 本当はこれすっごくかわいいし、オモチャの指輪以外の指輪なんて初めてなんで嬉しいです」 そう言って笑うと、忍足も安心したように笑った。 「そらもう自分に似合いそうなヤツ思て厳選したから」 「忍足さん、センスいいですね」 「そう言うてもらえたら何年後かに左手の薬指用の指輪選ぶ時も気ぃ楽やわ」 さらりと言われた言葉に笑顔で頷こうとして、巴の動きが固まった。 薬指用の指輪。左手の。 その意味するところがわからないほどは巴も鈍くない。 「な、ななななな何言ってるんですか忍足さん!!」 動転しまくっている巴の左手を取ると、忍足はごく当たり前のように薬指の付け根に唇を押し当てた。 そしてにこりと笑って言ったのだ。 「言うたやろ? 一生つきあってもらうって」 |