その日も、忍足と巴はテニスコートにいた。 いつものラリー練習を終え、たまには少し毛色の違った事をしてみよう、とコートに空き缶を置く。 反対側のコートからこれをサーブで当てよう、というものだ。 似たようなものなら部活でもコーン当てをやっている。 今回違うのは球出しをしてもらって打つのではなく、サーブであるということ。 そして的が小さい。 何回かやってみたが、なかなか当たらない。 二人で交互に打ってみるが、いつも缶を倒すのは忍足の方だ。 「うう〜っ! どうして忍足さんばっかりそんなに簡単に倒せるんですか!」 「そらまあ、年季と実力の差ちゃう?」 実際問題別に簡単にこなしているわけでもないのだが、忍足は八つ当たり気味の巴の言葉をさらりと流す。 二つも年上の、しかも男子と対等にあろうとするのが巴の巴である所以である。 「ほなそろそろ、この辺にしとこか」 「えーっ! もうちょっとやりましょうよ!」 「言うてもなあ……」 言ってみればこれはお遊びのようなものだ。 折角コートを借りているのだから別の練習がしたいが、巴は熱くなってしまっている。 「あと一回! もう一回だけチャンスをください!」 懇願する巴に忍足は少し考えるそぶりを見せ、少し笑うとひとつ提案をした。 「ほな、勝負しよか」 「勝負? どっちが倒せるか、ですか?」 「そういうこっちゃ」 それは先ほどまでと特段変わりはないのではないか。 巴はそう思ったが違った。 「せっかくやから賭けよか」 「賭け? 何をですか」 「そうやなぁ……」 言いながら忍足がちらりと巴のバッグに目をやる。 「そのカバンに入っとるチョコ、とか?」 「な、なんで知ってるんですか!?」 確かに忍足の言うとおり、巴のバッグにはチョコレートの包みがひとつ、入っている。 しかしそれは見えないように気を付けていた。つもりだ。 それなのに。 動揺する巴を忍足は楽しそうに見ている。 「ほんま、巴はわかりやすいなぁ」 「って、だからなんで知ってるんですか!」 「知らんよ。ただ巴が妙にカバン気にしてるなぁ思ったから」 「…………!」 つまり、カマをかけられたという事になる。 あっさり引っかかってしまった自分が悔しい。 「せやのに隠そうとばっかして中々くれへんから」 「それは……っ!」 「それは?」 反復され、黙る。 だってそれは。 先に渡しちゃったりなんかしたら顔が見られないと思ったから。 そんなことは口に出来ない。 やられっぱなしは嫌なので、代わりに別のことを言う。 「っていうか忍足さん、私が勝ったら? チョコは私の物ですか?」 そもそも今現時点では巴の物なのだが。 一本取ったつもりの巴にしかし忍足はまったく動ずることがなかった。 「勝つで? そんなんさっきまでより断然気合入るし」 そしてニヤリ、としかいいようのない笑みを浮かべる。 「ちなみに巴。 こういうゲームはまず冷静さと集中力が大事なんやで」 冷静さ。 そして集中力。 今の巴にそれがあるわけがない。 「ひ、卑怯ですよ忍足さん!」 巴の抗議に構うことなく忍足はラケットを握り、テニスボールを高く放り投げた。 |