「え、チョコいるんだったんですか?」
予想もしなかった言葉が巴の口から飛び出した。
折しもバレンタインデー。 この日に『自分の彼女からチョコが貰えない』などと考える男がいるだろうか。 否。断じて否。いるわけがない。
「いるとかいらんとか言う以前に、くれへんゆう事態を想像もせんかったわ」
忍足が巴にわざと大げさに肩を落として見せる。 しかし気分としてはあながち嘘ではない。
「だ、だって忍足さんチョコレートはあんまり好きじゃないって前に……」
慌てて弁解する巴を恨めしげに見る。 確かにそう言った。 その記憶はある。
しかしバレンタインのチョコレートは別物だろう。 常々ロマンのわからんやっちゃとは思っていたが、ここまでとは。
「あ、あの……すいません。怒っちゃいました?」
おろおろと尋ねてくる巴を見ると不機嫌を持続するのも難しい。 こういう相手だとわかって惚れた時点でこちらの負けなのだ。 こんな顔してんのもカワイイなぁとか思ってしまっているあたり末期だ。
「……いや、ええよ。 意表を突かれただけやから」
そして彼女に意表を突かれるのは今に始まった事ではない。
「でも忍足さん、チョコ好きになったんですか?」
そしてまだこんなとぼけた発言を投げかけてくる。 思わず溜息が出た。
「あのなぁ巴。 バレンタインデーに渡すんはチョコレートだけとちゃうやろ」 「ああ、そう言えば最近はチョコ以外にも色々売ってたりしますね」 「ちゃうて……ボケんのも大概にしてくれへんか」 「?」
どうも思考が凝り固まってしまっている。 おそらく彼女だってバレンタインの意味くらいわかっている筈。 片思いの女の子限定の物だとでも思っているんだろうか。
巴の耳元に顔を寄せると忍足はその答えを囁いた。
「チョコレートはおまけやろ。 ホンマに欲しいんは相手の気持ちや。 ……俺が欲しいんも、そっちなんやけど」
巴の顔が一気に赤くなる。 この至近距離でこの台詞。 破壊力が大きすぎる。
忍足は彼女の反応に気を良くして、さらに言葉を積み重ねる。
「で、くれへんの?」
彼女がこういうやり取りが苦手なのは知っている。 だけどたまには、気持ちを確認させてもらってもバチは当たらないんじゃないだろうか。 そう、こういう絶好の機会なんかには。
耳まで赤くなりながら何とかかんとか返した巴の答えはこうだった。
「む、無理ですよ……そんなのとっくの昔に、忍足さんが、持ってっちゃったじゃないですか……!」
|