街に流れるBGMはクリスマスソング一色になり、あちらこちらが賑やかに飾り立てられている。 日が暮れれば一般住宅にもイルミネーションが輝いている。 そんな日に、待ち合わせといえばやはり。 「うーん……」 眉を寄せながらワードローブとにらめっこをする。 とはいえ居候の身、しかも日常着用しているのはほとんど制服とテニスウェアなので大した数はない。 その数少ない、所謂『よそいき』の服を出しては引っ込めしながら吟味しているのである。 出かける当日にすることではない事はわかっている。 もちろん巴だって前日に準備万端整えているつもりだった。 しかし一夜明けてみるとちょっと頑張りすぎな気がしてしまい、今のこの現状というわけだ。 なにせ普段が普段だ。 忍足と知り合ったのは今年の春。それから二人で会ったことは何度もあるが、ラフな格好以外した事がない。 大抵二人で会う=テニスをする、という事なので着替えや動きやすさを重視した結果どうしてもそうならざるを得ないのだ。 が、今日はクリスマスである。 特別な日に好きな人と会うのに、気合が入ってしまうのは致し方ない。 それでもやはり普段と違う格好というのは気恥ずかしい。先ほどからこの堂々巡りである。 悩みながら、何気なく顔を上げた巴の目に机の上にある置時計が目に入った。 瞬間、目を疑う。 「……え?」 そんなバカな。 慌てて携帯を開きそちらの時間も確認する。 間違いない。進んでいるわけでも止まっているわけでもない。 それをやっと認識した途端広げていた服を引っ掴むと猛スピードで着替えはじめた。 大丈夫。 大丈夫大丈夫。まだ時間に余裕はあるし。 そう自分自身に言い聞かせるもののいつの間にか三十分以上も時間が経過していた事への焦りはなくならない。 早々に着替えを済ませると鞄を掴み、コートを羽織って玄関に向かい、一度Uターンして洗面所で髪を整える。 再び玄関で靴を履いて外に出、たかと思うと再び戻って日頃の習慣でつい履いていたスニーカーをショートブーツに履き替える。 急ぎ足でバス停へ向かう。 バス停に着いてほどなく、バスが到着したので乗り込みやっとそこで一息つく。 よかった、これで約束の時間にはちゃんと間に合う。 しかし、そう思うのは早計であったことを知るにはそう時間はかからなかった。 休日だからか、事故でもあったのか。 バスは遅々として進まない。 焦る気持ちは募る一方だけれど、車内ではどうすることもできない。 降りて走っても間に合うわけじゃない。 遅刻はもう、確定だ。 急ぎ遅れる旨のメールを送る。 ああもう。 送信ボタンを押すと同時に思わず知らずため息が漏れる。 バカみたいだ。 いつも通りに家を出ていたらもっと早い時間のバスに乗れた。 一人で浮かれて遅刻しちゃうなんて。 巴が自己嫌悪でずぶずぶと沈み込んでいる間もバスは減速運転を続けている。 外の景色は段々と暮れてくる。 そして当たり前だがきっちりと各バス停に停車する。 その度に巴は通過地点をメールする。 そして、大幅に予定の時刻を過ぎてバスはやっと目的地へと到着した。 気が急くままにバスの一番前に陣取っていた巴は扉が開くと同時に駆け降りる。 バス停には迎えに来た忍足の姿があった。 降りると同時に、冷たい外気が皮膚を刺す。 冬は太陽が落ちるとあっという間に気温が下がる。車内は強い暖房で暑いくらいだったのに。 同時に申し訳なさが倍増する。 「す、すいません! ごめんなさい! お待たせしました!」 「バスが混んでたんやろ? しゃあないやん。ほら、行こ」 米つきバッタのように頭を下げる巴に、忍足は鷹揚に顔をあげさせる。 二人で見ようと約束していた花火の時間まであまり間がない。 それがまた巴の心を責め苛む。 「ううう……すいません……」 「だから気にせんでええのに」 自然うつむきがちになる巴に対して、何故か忍足は少々楽しそうですらある。 「だって、こんな寒い中待たせちゃって」 「言うても雪降るほどちゃうし」 でも、と尚も口の中でブツブツ言っている巴に忍足は苦笑する。 「めかしこもう思て服悩んでたら遅れたとかなん?」 「な、なんでわかるんですか!?」 思わず声を上げた巴に忍足が吹き出す。 顔が赤くなったのが自分でもわかる。 「ほんまにそうなん?」 「…………そう、です」 一瞬ごまかそうかと思ったが待たせた身でそれはずるいと思ったので素直に肯定する。 と、同時にさっきまで忘れかけていた『よそいき』の格好がひどく気恥ずかしい。 忍足に見られているという事実がなおそれに拍車をかける。 「あんな、巴」 「はい」 「ほんまに全然気にする必要ないねんで」 だって、とまた言いつのろうとする巴を手で制する。 「巴、遅れそうになった時点ですぐメールくれたやろ。 その後も定期的にずっとメール送ってくれてたから心配する必要もなかったし、ぶっちゃけた話バスが到着したら巴が半泣きの顔で降りてくるんやろうなぁって簡単に想像できたからその顔見んのも楽しみやったし。まあほんまにそんな顔して降りてきたんやけど」 それはちょっとひどい、と巴が口をとがらせる。 「退屈もせんかったし、巴相手やったら待っとるのも悪ないよ。それに」 そこで一旦言葉を途切れさせると忍足が口の端を上げて笑う。 「珍しく巴が、しかも自分の為におしゃれしてきてくれてんのに、気ぃ悪いわけないやん」 「な、あ、それは!」 「うん、何?」 にやにやと笑いながら忍足が問いかける。 何か言い訳しようとしたけれど、うまい言葉が浮かばない。 もっとも、その通りなので言い逃れのしようもないのだけど。 そんな巴の様子すら忍足は楽しそうに眺めている。 「は、早く行きましょう! 花火はじまっちゃいますよ!」 「せやな」 歩き出した巴の隣に並びながら、忍足がついでのように言う。 「あ、巴、気にしてんのやったら一つだけ、お詫びの代わり言うたらあれやけど」 「何ですか?」 「せっかくクリスマスやし、手、繋いでもええ?」 そう言って差し出された左手を、少し驚いた顔をしながらも巴はすぐに右手でとる。 クリスマスだからとか、お詫びとか、そんな妙な理由づけをしなくったって。 「そんなの、いつでも大歓迎ですよ!」 そして二人で手をつないで歩く。 「やっと笑うてくれた。 落ち込んだり、怒ったり。巴はホンマにせわしないなぁ」 「バカにしてるんですか?」 「まさか。褒めてんのやん、見てて飽きへんなぁって」 「それ、全然褒めてませんからね」 頬をなぶる風はやはり冷たかったけれど、繋いだ手はぽかぽかとあたたかい。 同時に、少し沈んでいた心もあたたかくなるような。 そんな気がした。 ――― Merry Christmas !! ――― |