片恋・3






 全国大会が終わってから、女子の告白が増えた。
 本人達としては不本意な結果であったとしても端から見れば全国大会出場というのはステータスらしい。
 跡部は元々別格としても、レギュラーはみんな概ねこの状態のようだ。
 もともとソツのない性格の忍足なのでこの手合いの対応は苦でもないと思われている節があるが、実際にはそうでもない。
 手紙はまだいい。黙殺できる。
 直接呼び出されるのは、正直キツい。


『試合、見てました』
『ずっと好きだったんです』


 全てを嘘だと言いたいわけじゃない。
 けれど、こう思ってしまうのも事実だ。


 そんなら、俺がどの大会から出場してたか、答えられるん?
 ずっと好きなんやったら、なんで『今』なん?


 もちろんそんな言葉をそのまま口にしてしまう程バカじゃないから、適当に当たり障りのない言葉でお断りを告げる。
 中には押しの強いというか空気が読めないというか、それでも食い下がる娘がいたりするけれど、大抵はこう言えば、諦める。


「堪忍な、彼女おんねん」



 勿論嘘だ。
 疑われているだろう事もわかっている。
 けれど望みがないと告げるにはこれが一番都合がいい。
 こちらを向かない相手に向ける労力は無駄だ。いくらもすれば彼女たちも別の誰かに矛先を替えるんだろう。

 そう思っていた。ずっと。






「……不毛やなぁ、ほんま」
「どうかしたんですか?」

 ひとり呟いた言葉を聞きとがめて巴がこちらに顔を向ける。
 忍足には珍しく、休日にたまに一緒にテニスをする相手。
 二歳下の青学テニス部員で、ミクスドダブルスの選手。



 そして、ずっと、自分以外の男に恋をしている少女。



「いや、別に」
「そうですか?」

 軽く小首を傾げたが、それ以上追求するつもりはないらしい。
 すぐに話題を転換する。

「あ、忍足さんもこの間卒業式だったんですよね。おめでとうございます」
「ああ、おおきに」


 卒業式からこっち、何度も繰り返された言葉に、やはり何度も繰り返した言葉を返す。
 薄っぺらな言葉。
 自分の卒業なんて、きっと彼女には何の意味もない。


 それでも。


「なあ、巴」
「はい?」
「貰ってもらいたいもんあるんやけど」
「なんですか?」

 カバンから出したそれを巴の手のひらに落とす。
 それが何か気が付いた巴の顔色が変わる。
 手のひらに乗せられたそれは、小さなボタン。氷帝の校章が刻印されたそれは先ほどの会話から推測するまでもない。

「忍足さん、これ……」

 何事か言おうとするのを指で制する。

「ええから、もろて?」
「貰えませんよ!」


 巴がボタンを乗せた右手をそのまま忍足に突き返そうとしたが、忍足はその手をそのまま握り込ませた。
 巴の眉が下がるのを見て苦い笑みを漏らす。


「わかっとるから。
 巴がこれを受け取れへんって思うのは、ちゃんと知っとる。
 せやけど、それでもええから貰っといて欲しいねん」


 知っている。
 ちゃんと、分かっている。
 期待なんて、していないから。

 結局突き返す事が出来ず、巴はその手を引っ込める。
 しばらくの沈黙の後、ぽつりと「……大事にします」と呟いた。


 別に大事にしてくれなくてもいい。
 帰宅すれば棄ててくれたっていい。
 自己満足で巴を困らせているだけなのだから。
 整理のつかない想いを押し付けているだけなのだから。


 こちらを向かない相手に向ける労力は無駄だ。


 ずっと、そう思っていた筈なのに。今もそう思っているのに。
 諦められない想いは募る一方で。
 無駄だとわかっていても自分ではどうしようもない。
 誰かへの想いを理性で抑制できるなんて考え方がそもそも間違っていたのだ。

 巴が諦めるのが先か。自分が諦めるのが先か。
 けれど正直な話、たとえ彼女が今の恋を諦めたとしても、それが自分に向くとも思えない。現実というのはどうにもままならない。






 卒業式に第二ボタンを欲しがってきた、告白してきた相手も何人かいた。
 その時自分が彼女たちへ返した答えは夏の終わりとは似て非なるものに変わっていた。


「ごめんな、好きな子おんねん」







3、となっていますがあまり前2本との関係はありません。
義朝さんは第二ボタンの使い方を常に間違えているようです……。
関係ないですが「女子からの告白」に一番消耗しそうなのはやっぱり宍戸ですよね。ダントツ。

2012.3.4

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