娯楽室の扉を開ける。 勢いが良すぎて壁にぶつかった扉の音が響き渡り、室内にいた連中の視線を集めたが、そんなことには構っていられない。 忍足はざっと室内を見渡し、目当ての人物がいないことを確認すると、きびすを返す。 「……なんだ、ありゃ」 声をかける暇もない。 呆れたように神尾が言うと、千石が首をかしげる。 「あんなに慌ててる忍足くん、珍しいねえ。 どうしたんだろ?」 と、少しして再び扉が乱暴に開く。 忍足が帰ってきたのかと目を向けると、そこにいたのは忍足ではなく巴だった。 「あの、忍足さん見ませんでした?」 「……忍足さんならさっきどっか行ったけど」 簡潔に答える伊武の言葉にがっかりしたような表情を浮かべ、すぐ気を取りなおしたように頭を下げる。 「そうですか、ありがとうございました!」 そしてまた駆け足で去っていく。 「結局、なんなんだ?」 「……鬼ごっこ、とか」 「深司」 「伊武くん」 ぼそっと呟いた伊武に、図らずも千石と神尾が同時に口を開く。 「多分、それは違う」 見つからない。 消灯まで、あと20分。焦りばかりが募っていく。 これで見つかりませんでしたじゃ堪らない。 「よう、まだ捕まえられねーの?」 声と共に視界に入った顔に、寸の間忍足は足を止める。 向日だ。 声をかけてきたものの、視線をあわさず、表情は硬い。 機嫌は、まだ直りきってはいないようだ。 当たり前だ。 先ほど散々揉めたばかりなのだから。 少し気まずさを感じて、なんと言っていいのか分からず立ち尽くす忍足に、向日がそっぽをむいたまま少しだけ口元を弛ませた。 「カッコわりィ」 言われて、つい忍足の顔にも苦笑が浮かぶ。 時間をかけて向日を説得したのに、肝心の巴を見つけられない現状は確かに格好悪い。 「そやな」 「お前、なんでケータイ使わねえの?」 向日の質問に、わざとらしく肩をすくめてポケットの上から携帯電話を叩く。 「向こうが携帯してへんから使えへん」 「ハハ、どーしようもねーな」 恐らく部屋に置き去りなのであろう巴の携帯には、今頃何件も忍足からの着信が残されているはずだ。 最終的に諦めて、こうして足を使って探し回っているという訳である。 「時間、大丈夫か?」 「ほんまのとこ言うと、ちょっとヤバい」 「言っとくけどな、侑士」 向日が真顔になると、忍足に人差し指を突きつける。 「俺を蹴ってミクスドに出るんだろ。 こんな初っぱなでつまづいたとか言うなよ! きっちりそれなりの結果出さねーと、承知しねえかんな!」 下から真っ直ぐ忍足を見据えてくる向日に、忍足も正面からその視線を受けて頷いた。 「当たり前や」 そして、また駆け出した。 まさかこんなところにいるとも思えないけど。 そう思いながら開いた扉の向こうから潮の匂いをはらんだ夜風が吹き込んでくる。 扉の先に見えるは、漆黒。 少し闇に目が慣れると、フェンスの向こうに夜空との境界線も曖昧な海が見える。 こんな時間に屋上を訪れる物好きもいない。 不意に笑いが込み上げた。 らしくない。 友人と揉めて、バカみたいに何度も電話をかけながら汗だくで施設内を走り回って。 屋上まで探し回って。 それでも、諦められないんだからしょうがない。 たとえ時間切れになっても、手はないわけじゃない。 直接断られない限りは絶対諦めない。 選手としての巴と組みたいのか、それとも、巴だから一緒に組みたいのか。 多分、両方だ。 だからこそこんなに必死なんだろう。 さあ、無為に過ごす時間はない。 海に背を向け、屋上の扉を閉める。 再び階段を駆け降りたその時、目の前の廊下を長い髪が横切った。 「巴!」 頭が働くより先に声が出る。 その後で意識が追い付いた。 踊り場の前を一瞬で走り抜けた巴が、忍足が廊下に駆け出した時にやっと急停止し、振り返る。 「忍足さん!どこにいたんですか!」 「そらそっくりそのままこっちの台詞や」 とは言って見たが、忍足はやっと今まで巴が捕まえられなかった理由を理解した。 お互いがお互いを探し回っていたのでは、見つからないのも当然だ。 けれど、見つけた。 多分自惚れでなければ同じ理由で自分を探してくれていた相手を。 「私、忍足さんにお願いしたい事があって。今更、かもしれないんですけど」 「うん、俺も巴に話があってん。今更、やねんけどな」 消灯時間までの時間は、あとわずか。 願わくは、もうひとつの気持ちも同じだといいのだけれど。 |