基本的に、好きな子のことはなんでも知りたいと思う。 食べ物の好き嫌い、よく見るテレビ番組、趣味、お気に入りの店。 けれど、知らへんかったら良かったのに、と思うことやって、やっぱりある。 幻滅するようなところや、欠点? 違う。 それで気持ちが冷めるのは自己責任。 そんなもんよりももっと、知りたくないもの。 せやけど、大概それはすぐに気づいてまうものやったりする。 「こんにちはーっ……あれ、樺地さんは?」 各校集っての選抜合宿といえど、やはりなにかと学校ごとに集まっていることが多い。 ことに個々に自主練習を組んでいる氷帝や立海はその最たるものである。 何人かの氷帝選手の姿を見つけた巴は、おそらくいつものように氷帝選手が全員集まっているとでも思ったのだろう。 元気よく声をかけてから、首をかしげた。 今は、別に特練をしているわけでも、ミーティングをしているわけでもない。 ただ、だらだらと雑談していただけだ。 「ああ、樺地ならさっき鳥取と自主練習に……テッ!」 気軽に答えた鳳の顔が苦痛に歪む。 横でそっぽを向いて涼しい顔をしている日吉が、鳳の足を踏んづけているだろうことは想像に難くない。 「あ……そうです、か」 「樺地に何か用か」 「いえ、別に大した事じゃないんで。お邪魔しました!」 儀礼的に訊ねた跡部に顔の前で手を振ると、ぺこりとアタマを下げて巴が立ち去る。 「……ったぁ〜……。 日吉! いきなり何するんだよ!」 「バーカ」 涙目で抗議する鳳に、完全無視を決め込んだ日吉に代わって向日が低くつぶやくように言う。 「なっ、なんなんですか向日先輩まで。俺、何かしましたか?」 「ニッブいな、お前。……あれ、どったの侑士」 向日が、顔をあげて忍足を見あげる。 立ち上がり、歩きかけていた忍足は振り返りはしたが、言葉は返さず軽く笑みを見せた。 「なんだぁ? ヘンなヤツ」 「テメェも鳳のことは言えねえな、向日」 「あ?」 跡部と向日、そして鳳の声がまだなにやら聞こえているがこれ以上会話を聞く気はなかった。 さて、どうしようか。 当てがあるわけではない。 一旦足を止め、少し考えてからまた歩を進める。 コートを見渡すことが出来て、なおかつ向こうからは目につきにくい。 そしてあまり立ち寄る人のいない場所。 宿泊施設の屋上に、巴はいた。 座り込んでいた巴が、人の気配を感じたのだろう、こちらに振り返る。 相手が忍足だと認識すると、軽く会釈をしてまた目線を前に戻す。 「隣、ええ?」 了承を得てから忍足も腰を下ろす。 予想に反して、屋上から見えるコートに樺地たち二人の姿は見られない。 おそらく、屋内練習場にでもいるのだろう。 ほんの少し、逡巡した後、忍足は巴の頭を軽く叩く。 その意味に気が付いた巴が、照れ隠しのように苦笑した。 「……諦めがわるいなぁって、自分でも思うんですけどねえ……」 自分の入る余地がないだろうくらいは、わかっているのだけれど。 そう自嘲する巴の頭に再び忍足は手を置く。 「そんなん、理屈でどうこうできるもんとちゃうやろ。 ……しかし、なんでよりにもよって樺地かなあ」 「ほっといてください」 むくれる巴の横顔を見ながら、忍足は内心溜息をつく。 そう、もっと別のヤツなら。 女の子が軽い気持ちで憧れを抱きそうな派手な選手達が相手というのなら、まだ付け入るスキはあるように思える。 けれど、巴が好きになった相手は、そうではなかった。 見る目がある。だから、困る。 「なあ、巴」 「はい?」 「赤い糸の伝説って知ってる?」 「小指の先に繋がってるってやつですよね」 首をかしげながら巴が答える。 唐突すぎて、話の主旨がつかめない。 「あれがホンマにあったら、 目に見えるもんやったら間違いなんかせんですむのにな」 だって、結ばれる相手は糸の先にいる人だけなんだから。 ああ、この人も今、誰かに恋をしてるんだろう。 一方通行の恋を。 巴は不意にそう気が付いたが、それを口にすることは憚られた。 代わりといってはなんだか自分よりも余程乙女のようなことをいう忍足に、巴は即否定の言葉を返す。 「それでも、きっと同じだと思いますよ」 「なんで?」 「さっき忍足さんが言ったんじゃ無いですか」 理屈でどうこうできるものじゃない。 小指の先が別の方向に糸を伸ばしていても、それでもきっと恋をする。 初めて出会ったときに、既に別の誰かを想っていた人に今恋をしているように。 ままならない、と笑い合う。 奇妙な同志と。 |