「お疲れ様でした!」 部活終了後、挨拶もそこそこに巴がダッシュでコートを後にする。 次のバスまでの時間はギリギリ。 更衣室から鞄を引っ張り出すとすぐにまたダッシュ。 「巴、そのまま帰るの!?」 思わず声をかけた那美にまさにイノシシの如く駆け去りながら返答する。 「うん、時間ないから! あ、リョーマくんに今日寄る所があるから帰り遅くなるって言っといて〜!」 那美が返答をする間もなく、巴の姿は既にない。 バスを乗り継いでまたダッシュ。 目的地、いや、目的の人物の前に到着した時には汗だくだった。 「はあ、はあ……お待たせ、しました……!」 待っていた忍足は度肝を抜かれて咄嗟に言葉がでない。 もっとも、巴もそれ以上は喋る事すら出来なかったが。 「大丈夫か、巴? そこまで急いで来んでも……しかも、なんでユニフォーム姿やねん」 もう秋なのに、半袖スコートのその姿はコート以外で見るといささか寒々しい。 ようやく息を整えた巴の答えはこうだった。 「だって、忍足さんを待たせてる訳ですし、着替える間も惜しかったんで」 「別にちょっとくらい待たされたって帰らへんわ」 なにせ待っている相手が巴なのだ。ちょっとどころか一、二時間待ちぼうけを食わされても待ってしまっているだろう。 これが惚れた弱みというヤツである。 「いえ、別に私だって忍足さんが帰っちゃうとか心配したわけじゃないですよ。 でも呼び出したのは私だし、あんまり待たせるのイヤじゃないですか。 それに今日は特別な日なんですから!」 「特別……俺の誕生日がそんな重要か?」 巴の言葉に忍足が怪訝な表情を浮かべる。 今日は誕生日だから、と言われて呼び出された訳ではないが、忍足も馬鹿ではないので今日という日に呼び出された察しはつく。 しかし今日は部活があるのだったらわざわざこんなに慌てるような真似をしなくともメールでも電話でも用件は事足りるのではないかと思ってしまうのだ。 もっとも、イレギュラーに巴の顔が見られるのは当然大歓迎だ。 例えもう日暮れが近いので顔を合わせられる時間がごくわずかだとしても。 「重要ですよ! 忍足さんの誕生日ですよ? 大事な人の誕生日はちゃんと顔を見てお祝いをいいたいじゃないですか」 「大事な…って、そらありがたいけど。 巴、そういう言い方されると期待してまうやん」 拳を握り締めて力説する巴に忍足は苦笑する。 そして、その言葉に逆に巴はきょとんとした表情を浮かべる。 「期待……?」 「そうや。 俺が巴の特別なんちゃうんか、ってな」 この天然は自覚せずにこういった発言を連発するのでタチが悪い。 惑わされると損というものだ。 巴と知り合ってから今までの間に学んだ事である。 が。 「え? 特別って…特別ですよ?」 「……は?」 思わず間の抜けた返答をかましてしまう。 今、予想外の答えが返って来たような…? 「だから、忍足さんは特別ですよ? ……え、あれ? 忍足さん、いつでもなんでもわかっているような事言っているからてっきり……えええええぇっ!?」 勝手にバレバレだと思いこんでいたらしい巴の顔が青くなったあと急激に赤くなる。 しかし驚いたのはこちらだ。 「あああ……やっちゃった……って、アレ? ちょ、ちょっと、忍足さん? どうしました?」 一人で百面相をしながら狼狽しまくっていた巴だったが、急に顔に手を当ててその場に座りこんだ忍足に、我に返って慌てて声をかける。 「不覚……」 全然、気がつかなかった。 これでは巴の事をニブイと責められない。 アプローチしているつもりではあったが軽く流されているとばかり思っていた。 「しかしまたこんなもののついでみたいにアッサリと。 もうちょっと雰囲気とかシチュエーションとかあるやろ!」 いかにもロマンス物の好きな忍足らしい発言ではあるがそんな事を言われても巴も困る。 これは彼女にとっても不測の事態なのだから。 「……なあ」 「は、はい?」 答える声が上ずっている。 「いつから?」 「へ?」 「いつから俺のこと好きやったん?」 本当にいつからそんな感情を彼女が自分に持っていてくれていたのかサッパリ見当もつかない。 素朴な疑問でもあったのだが、巴は耳まで顔を赤くすると、そのまま眩暈を起こして倒れてしまうのではないかと心配するくらいに勢いよく首を横に振る。 「そ…それは……秘密ですっ!」 「そうなん?」 瞳に笑いを含ませて巴を見る。 本当に、いつの間に。 いつも彼女は自分の予想を超えてくる。 じっと凝視している忍足の視線にたえかねたのか、取り繕うように巴が口を開く。 何か今の状況から逃げ出す契機はないものかと必死である。 「あ、そ、そうだ!今日は忍足さんの誕生日を祝いにきたんですよ! ちゃんとプレゼントも用意して……あれ? …………あーっ!」 あからさまに自然体を演じようとしている不自然な笑顔と仕草で鞄を開いた巴だったが妙に気の抜けた声をあげたかと思うと今度は叫び出す。 「なんや、一体?」 忍足の言葉に途方にくれたような表情を向ける。 「今朝、学校で包装が崩れちゃうといけないからって、ロッカーにいれてそのまま……」 「出してくるのを忘れとった、と」 「はい……」 「アホか」 「ううう、返す言葉もないです〜」 呆れた口調で即座に一刀両断した忍足だが、心底情けない表情を見せる巴に思わず吹き出した。 正直、さっきからずっともう誕生日なんてどうでもいいくらいになっていたのだが。 「まあええわ。 代わりのもんもらうし」 「へ? 私何も持ってないですよ?」 なにしろ学校帰りである。 カバンの中に入っているのは学用品の他にはテニス用具くらいのものである。 不思議そうに尋ねる巴に、忍足はにっこり笑うとその腕をのばし、巴をその腕の中に捕まえた。 「ほら、もろた」 「おおおおおおおおお忍足さん!?」 パニック状態に陥っている巴。 腕に力を込め、耳元に囁きかける。 「俺も巴が特別や。 おまえがええ。 ……だから返さへんで、な?」 「…………………はい」 -----Happy birthday!!----- |