雨の日は好きじゃない。 特に、出先で降る雨は最低だ。 スポーツショップの軒先で、ザアザアと勢いよく降る雨を見上げながら向日はため息をついた。 身軽に動けることを好む向日は、邪魔で重たいだけの折り畳み傘なんてまず持ち歩かない。 普通の傘なんてなおさらだ。 家を出る時点で降っていなければ傘は持たない。たとえ降水確率が80%でも。 なので、こういう目には結構良く遭う。 どうすっかな。 空の色から推測する限り、長引きそうな感じはしない。 今現在、雨足は決して弱くはない。 しばらく待つしかない、か。 しかしこの『何もしないで待つ』という行為が向日は大の苦手である。 出てきたばかりのスポーツショップを振り返るが、用もないのに店内でつぶせる時間なんてたかがしれている。 やっぱ走って帰ろうかな。 六月初めの気温は、ずぶぬれになっても構わないと思えるほどには高くない。 家が近ければそれでもいいのだが、あいにく今日は青春台まで遠出をしてしまった。 ずぶぬれの身に直撃する電車のエアコンは、凶器だ。 「あれ、向日さんじゃないですか」 つらつらと考え込んでいた向日は、おかげで巴に声をかけられるまでその存在に気づけなかった。 いきなりかけられた声に反応すると、思っていたよりもずっと近くに彼女の姿があって、思わず飛び上がりそうになる。 「お買い物ですか?」 「お、おう」 「で、雨宿りですか」 「文句あんのかよ」 口を尖らせる向日に、巴が笑う。 そういう巴はまたなんでこんな雨の日に外出しているのかと言うと、レンタルCDの返却期限が今日までだったらしい。 巴が家を出るときには既に雨が降り始めていたので、彼女は傘を差している。 雨粒がパラパラと鮮やかな色彩の傘にあたり、軽快な音を立てる。 「帰るんだったら、駅まで送りましょうか?」 巴が口にした提案は、向日にとっては願ってもないものだった。 願ってもないものの、はずだった。 けれど、向日はそれを受けずに、断固拒否することを選んだ。 「いい」 「なんでですか?」 「なんででもだよ! お前のカサに入るくらいだったら、走って帰る」 あんまりといえばあんまりな拒絶である。 そう向日自身も思った。 けど、嫌なものは嫌なのだ。 理由は巴には口が裂けてもいえないけれど。 晴れているときならいい。 巴と並んで歩くのは、向日も好きだ。 だけど、二人の間にカサが入ると、その身長差が明確に表される気がして、嫌だった。 くだらない。 くっだらないプライド。 自分でだってそう思う。 「まあ、こんな派手な傘で相合傘なんかしたら恥ずかしいかもですけど……、 雨の中走ったりして肩冷やしたらどうするんですか!」 「うるせー、ほっとけ!」 純然たる好意なのがわかっているだけに、巴が一言発するたびに向日の自己嫌悪が深くなる。 言ってもムダだと悟ったのか、巴が軽く肩をすくめたのが目に入る。 行っちまうんだろうな。 自分で望んでいる結果のはずなのに、ガッカリする。 けれど向日の予測とは逆に巴は傘をたたむと、自分も軒下に入り込み向日の横に並んだ。 「…………おい?」 「向日さんが走って帰っちゃわないように、私もここで雨がやむまで待ってます」 そう言って。 「ほら、空の向こうの方はもう明るいですから、きっともうじきやみますよ。 ちょっと喋ってたらすぐですよ。 せっかく会えたんですし、話しながら雨宿りしましょうよ」 笑顔で空を指差す。 巴が言ったように、向日も先程予想したように、じきに雨はやむだろう。 さっきよりも空は明るくなっている。 今日初めて、雨がもう少し長引けばいいのに、とそう思った。 「……あのな、巴」 「なんですか?」 「別に、お前とアイアイガサで歩くのが嫌だとか、そーゆーんじゃねーからな」 その日の夜に夢を見た。 夢の中で向日は巴より身長が高く、傘を少し傾けて巴に差しかけながら二人で雨の中を歩いていた。 あまりに気分が良かったので翌日忍足にそれを話したところ、パートナーの返した言葉は「まず、現実で傘持ち歩けや」であった。 |