欲しいものはなんですか? そう訊かれたら、迷わず 『身長』 そう答える向日岳人、もうすぐ16。 「それじゃなんの参考にもならないですよー! もっとちゃんと答えてください!」 むくれたように言う巴に、負けじと向日も口を尖らせる。 「真面目に答えてるっての。 どうせお前にはわかんねえよ」 そう言って、隣を歩く巴に目をやる。 彼女と目を合わせようとすれば、向日はやや目線を上にやらなければならない。 少しは背も伸びているはずなのに。 こいつもまだ伸びるなんて計算外だ。 目線を前に戻すと、小さく舌打ちする。 「……そんなに、大きくなりたいんですか?」 「当ったり前だっての! こうやってお前と並んでたって格好悪ぃじゃんか」 「……そう、ですか……」 急に、巴の声のトーンが下がった。 もう一度巴を見ると、気のせいかなんだか不機嫌に見える。 その理由を訊くために向日は口を開こうとしたが、巴の方が一瞬早かった。 「あ、私急用思いだしちゃったんで今日はこれで失礼しますね! じゃ!」 「え、おい!?」 呼び止める間もなく、巴は勢いよく頭を下げるとぎこちない笑顔で手を振って走り去った。 当然、追い付こうと思えば向日には簡単に追い付けた。 捕まえることは簡単だ。 だけど、捕まえて何を聞く? 今、一応巴は笑ってた。 さっき不機嫌そうに見えたのは気のせいかもしれない。 「……なんなんだよ、一体」 モヤモヤとした気分を打ち払うように、向日は足元の小石を思い切り蹴飛ばした。 「バーカ」 「アホやなぁ」 「……まあ、向日らしいね」 跡部、忍足、滝のコメントに向日は藪睨みの視線を三人に返した。 言い方こそ違うが、三人が三人とも向日を心底バカにしている風なのが腹立たしい。 「なんだってんだよ。俺、なんかしたか?」 言い返す向日に、忍足がわざとらしく大仰なため息をつく。 非常に、ムカつく。 向日に構わず、跡部は腕時計に目を向けると、急に立ち上がった。 「誰にだって判る。それくらいの事自分で考えろ。 行くぞ忍足」 「なんかあった?」 「監督の手伝い。昼に言っておいた筈だぞ」 「あ、そやったそやった。ほなな岳人」 跡部に続いて忍足も席を立つ。 向日がチラリと宍戸に視線をやると、宍戸は慌てて立ち上がり、鳴ってもいない携帯を手に取ると「お、おう、長太郎か!すぐ行く!」と大声で言いながら部室を去っていった。 声が裏返ってたぞバカ。 とりあえず、跡部の『誰にだってわかる』というのがウソだってことはわかったけど、なんの救いにもならない。 別に向日だって「こーゆーこと」を宍戸に相談しようなんて無謀なことは考えてない。 自然、向日の視線は最後の一人のところに行く。 「……滝ぃ」 「俺?」 予測は付いていただろうに、滝は少し黙った。 バカにしといてわかんねぇとか言ったらタダじゃすまねぇ。 そう思ったけど、単に滝は言い方を考えていただけみたいだった。 「……だからさ。 向日は自分のことを言ったんだろうけど、『格好悪い』ってのは自分ひとりじゃなくて二人でいる時の話だろ? 巴ちゃんと、二人でいる時の」 「だからそれがなんの……あ」 やっとわかった。 確かにバカだ。 気付かない俺も、考えすぎるアイツも。 カバンから携帯を引っつかみながらダッシュで部室を飛び出した向日の背中を、滝は苦笑しながら見送った。 逸る気持ちを抑えながら、携帯着信履歴から巴の番号を押す。 遅い。早く。 プップップ…というダイアルの音がわずらわしい。 呼び出し音が鳴れば鳴ったで早く出ろよ、とイライラする。 このまま青春台行きのバスに飛び乗ろうか、とまで思い始めた頃、やっと呼び出し音が途切れた。 『はい、もしもし』 「巴! このバカ、誰もお前といることを格好悪いなんて言ってねぇよ!」 巴の声が聞こえた瞬間、思わず向日は携帯に向かって怒鳴りつけた。 携帯の向こうでいきなりの向日の怒声にワケがわからず戸惑っているような気配を感じる。 いきなりすぎてなんのことだか咄嗟には図りかねたようだ。 「だから、こないだの!」 『…………しょうがないですよね』 「へ?」 『伸びちゃった身長は、元に戻せないんですから』 クソクソ、やっぱ俺はバカだ。 俺がデカくなりてぇって言うたびにコイツがどう思ってるかなんて考えなかった。 あれは、不機嫌だったんじゃなくて、傷ついてたんじゃないか。 「俺は!」 巴の言葉を遮るように口を挟んだものの、頭の中はグチャグチャでなにを言ったらいいのかわからない。 どうせ侑士みたいに口は上手くない。 「俺は、小さいお前に横にいて欲しいんじゃねぇよ。 単に俺がお前よりデカくなりてぇだけで……でもな!」 さっきまでの怒鳴るような声ではなく、少しボリュームを下げて、向日は言葉を続けた。 「たとえ180センチあったって、隣にお前がいなきゃ意味ねぇよ」 少しの沈黙が、重い。 ようやく耳元に届いた声にほっとする。 『……どうせなら、向日さんの顔を見てその台詞、聞きたかったです』 「聞きたきゃ、何度でも言ってやるよ」 傷つけていたのかもしれないくだらないグチの分だけ何度でも。 そう向日が告げると、携帯の向こうで巴に「……やっぱ、恥ずかしいからいいです」と言われた。 向日としては、その時の巴の顔こそ見てみたかった。 |