朝、ランニング。 放課後は当然部活でテニス。 休日も部活。 休みでも暇があればスクールに行く。 テニス、テニス、テニス。 生活のすべてとまでは言わないが過半数はテニスで占められている。 「だから、リョーマくんがどうとかそんなヒマないから大丈夫!」 そう、朋香を安心させようと巴が話した彼女の日常に、返って来たのは呆れたような朋香の半眼だった。 「アンタさあ、そんなんでいいワケ?」 「な、なにが?」 「年頃の乙女がそうやって貴重な日々を浪費しちゃっていいのかって言ってるのよ!」 「でも、那美ちゃんだって、それこそリョーマくんだっておんなじような生活してると思うんだけど」 反論を試みた巴の鼻先に、朋香は人指し指をびしりと突きつけた。 「じゃあアンタ、自分は那美やリョーマ様とおんなじだって、本気でそう思ってるワケ? あの二人は特別よ。 自分も同じだなんて勘違いして恋も遊びも女の子らしい事全然しないまま気がついたらなんにも残らなかったー、なんて事になった時後悔するのはアンタなのよ!」 朋香は別に意地悪で言っているわけではない。 それは巴にも分かっている。 言葉はキツイが、彼女なりに巴を心配しているのだ。 しかしそうと分かっていても、先程の台詞は効いた。 つまり、朋香のような素人の目で見ても、あの二人は別格という事か。 特別な二人。 テニスの神様に愛された二人。 いや、そんな言い方は失礼だ。 二人とも生活の大部分をテニスに費やしている。 磨かれてこその才能だ。 じゃあ、私は? 毎日彼らと同じように、生活のほとんどはテニスだ。 だけど、彼らとの差は縮まってるんだろうか。 毎日必死で練習して、少し身に付きかけた自信は二人のプレイを見る度しぼむ。 後悔するんだろうか。何も残らなかった、と。 「よし!」 しまった。 先日のそんな出来事を気にして集中できずにいた隙を突かれて芥川にポーチに入られる。 ネット際につめた彼が打つものと言えばひとつ。ボレーだ。 そこまで分かっていても返す事はままならない。 どこからでもどのコースも狙える柔らかい手首。 これを返すのは至難だ。 「決まりぃ!」 嬉しげにガッツポーズを取る。 彼もまた、テニス才能に恵まれた一人だ。 もっとも、同じように一日がテニスで占められているとはいっても彼の場合少しばかり睡眠の割合が高いような気がしないでもないが。 「なあ、今日なんかあったの?」 練習後、電車の中でふいに芥川が尋ねる。 思わず巴は赤面した。 あまりそんな細かい事に気の行きそうもない芥川がこういう事を訊くという事は、はっきりわかる位に今日の練習に身が入っていなかったという事だ。 練習帰りの電車の中で、しかも座席に座ることが出来た今日のような日に芥川が寝もしていない、ということはそれだけ心配かけてしまっているという事でもある。 「す、すいません!自分から付き合ってもらっておいて失礼にも程がありますよね 」 「んー、別に謝って欲しいわけじゃないんだけど」 慌てて頭を下げる巴に、困ったように芥川が頭をかく。 こういうやり取りは、あまり得意ではない。 「……で、なんかあったの」 結局、少し考えても同じセリフしかでない。 珍しく芥川が起きていて、心配までしてくれているのだ。 ここはおとなしく相談に乗ってもらうのが得策というヤツだろう。 そう判断した巴が、先日の朋香とのやりとりを口にする。 「…とまあ、こういうわけなんです」 「ふ〜ん……その朋ちゃんて、テニスやってる人?」 「いいえ? 全然」 「あー、やっぱり」 「?」 巴には理解の出来ないところで芥川が勝手に納得している。 プレイヤーでないのならば仕方がない。 巴のプレイは、素人の目から見れば恐ろしく不安定なだけのプレイだ。 選手だって彼女と対戦していないと中々実力は推し量れない。 ……もっとも、底が知れないので推し量ろうとすること自体ムダという気もするが。 しかし、それを口で言っても巴には多分わからない。 彼女の実力をわかっていないのは彼女自身も同じだからだ。 一緒にプレイしていてこんなに面白い選手もちょっといないんだけれど。 大体、これから先テニスでやっていけると確信しているプレイヤーなんてまずいない。 「じゃーさ、巴は、どうしたいわけ?」 「え? どうしたいって……」 「だから、えーっと、なんだっけ。 そうそう、『恋や遊びや女の子らしいこと』? そーいうのがしたいの?」 「そりゃまあ…したくないことはないです」 「テニスより?」 芥川の発した言葉に、きっぱりと巴が否定の言葉を返す。 「私はテニスの方がいいです」 その言葉に、芥川は満足する。 テニスより大事だと言われたらどうしようかと思った。 「じゃ、いーじゃんそれで。 今やりたいことやれば。この先どーなるかなんてわかんないんだからさ」 それでなんで迷ったのかはわからないけれど、ちゃんと巴の中で答えはちゃんと出ているのだ。 惑わされただけか。 「そっか……それで、いいんですよね……」 自分に言い聞かせるように巴がつぶやく。 まったく説得力がある言い方とも思えなかったがとりあえず自分の言葉で納得はしてくれたようだ。 と、不意に肩に重みがかかる。 さっきの今で巴がうたた寝をしている。 自分が言うのもなんだが、突然だ。 普段の巴は芥川が電車の中では高確率で眠り込むため練習帰りでもまず寝ない。 ひょっとして昨日は眠りが浅かったりしたんだろうか。 巴と身長がさほど変わりない芥川の肩の高さでは、若干低すぎてもたれるには快適とはいいがたい。 しかし、巴は気持ちよさそうに寝息を立てている。 長い髪が、くすぐったい。 『恋も遊びも女の子らしい事全然しないまま』 ……そんなかの一つだけは、忙しかろーとテニス三昧だろーと気がつけばしてるもんだと思うんだけど。 そんなことを思いながら、とろとろと襲い掛かる睡魔にしたがって芥川も瞳を閉じると巴の側に自分の頭をもたれかからせた。 |