「あ、あれじゃないですか?」 鳳が一台、近づいてきたバスを指差した。 「違うって。長太郎お前、視力下がってねえだろな」 「向こうのバスじゃねーか、ほら」 続いて入ってきたバスを指差して向日が言う。 遠目には、バスに乗っている選手の顔までは判別し難いが、バスはどんどんこちらに近付いてくる。 「あ〜、今度は確かに青学みたいだね〜」 「で、どんなヤツだって?」 「……おい」 「ちょっと待てって……今降りて来るだろ」 バスが停車し、選手が次々と降りてくる。 やはり青学の選手だ。 普段と違い、紫に白のラインの入ったJr.選抜選手のユニフォームを身にまとっている。 それはこちら、氷帝の選手も同じことだが。 一部、女子の姿も目に入る。 こちらは逆に白地に紫のラインのユニフォームだ。 基本、女子選手と男子選手は別行動だが、男子選手の群れの中に混じっている。 「あれや。長い髪下ろしてる背の高い子。せやろ、樺地」 「ウス」 肯定の意を込めた返事を樺地が返す。 そちらに目をやった滋郎が間延びした口調で言った。 「ふ〜ん……。 なんか、思ったより普通だね〜」 「そうですか? 可愛いと思いますけど」 「…………コラ」 「だって、あの跡部が休日潰して練習に付き合う相手だぜ? どんなすげえ美人かって思うじゃんか」 「まあ、確かに思わず目を惹くほどの美人ーっ!ちゅう感じではないわな。 まあ、こんな離れたとこからやし判断はできんけど」 「お前が見たいのは足だろ忍足」 宍戸の突っ込みに忍足がにやあ、と笑う。 と、ついに彼らに怒号が落とされた。 「テメェら、いつまでくだらねぇ話してやがる! 大体俺様の目の前で堂々と俺様の噂話とは、いい度胸じゃねえか!」 「あれ、いたの跡部」 「あ、す、すいません跡部さん!」 「何が『いたの』だ! さっきからわざとらしくシカトしてやがったくせに」 「えー、気づかへんかったー。なあ、岳人」 「おう、ぜーんぜん」 慌てて姿勢を正して向き直ったのは鳳と樺地の二年生だけ。 三年はとぼけるだけだ。 この半年ほどの間、跡部が誘われるままに練習の相手をしている相手が青学の選手で、しかもこのJr.選抜合宿に特別推薦枠で選ばれて参加すると来ればもう、注目するなという方が無理だ。 「あ」 「こんどはなんだ、ジロー」 「こっちに来た」 芥川の言葉に、全員が視線を戻す。 確かに、今話題にしていた人物が駆け足でこっちに向かってきている。 長い髪を揺らして、息を切らせながらやってくると、満面の笑顔をこちらに向けた。 先程のこちらの会話など、知る由もない。 「やっぱり跡部さんと樺地さんだ! こんにちは!」 「ウス」 「…………ああ」 跡部の様子にはまったく気づいている様子はない。 と、いうか初対面でも明らかに「ああ、コイツ合宿に浮かれてる」というのがよくわかる。 「氷帝の方達は到着するの、早かったんですね。 私達は今ついたところですよ」 知ってる。 見張ってたから。 とは当然誰も言わない。 「荷物もまだ持ったままじゃねえか。 さっさと部屋に置いて来い。すぐに合同練習が始まるぞ」 巴の手のバッグを一瞥して呆れたように跡部が言うと、タイミングを合わせたかのように遠くから那美が巴を呼ぶ声が聞こえる。 「巴ーっ! 先に行っとくよー」 「あ、ゴメン! すぐ行くーっ!」 大きな声で那美に返答を返すと、大きな、何が入っているのかは知らないが若干大きすぎるのではないかと思われるほど大きなバッグを抱えてまたすぐに巴が駆けていく。 途中、振り返ると頭をぺこりと下げた。 「これから一週間、よろしくお願いしますね!」 そしてまた、駆け足で去っていく。 「元気やなー」 「いい加減お前らもさっさと準備済ませてコートに集合しろ」 「へいへいっと」 目当てがいなくなってしまったので、氷帝の面々もようやっと動き出す。 跡部もまた歩き出そうとしたとき、日吉がこちらを見ていることに気が付いた。 「どうした、日吉」 「実際のところ、どうなんですか。彼女の実力は」 跡部は口の端で笑う。 くだらない会話に参加してはいなかったが、日吉は日吉なりに気になるところはあったらしい。 監督推薦枠とは言え、テニスを初めて一年でJr.選抜選手に選ばれた一年。 跡部が気にかけるだけの選手。 「さあな。どの道一週間はここで合同練習だ。すぐにわかる」 とは言え、彼女の実力は未知数だ。 今日までが限界なのか、まだまだ底が見えないのか、今のところ跡部にもわからない。 この一週間でそれを知りたいと思っているのは、彼も同じだった。 納得し切れていないような表情を見せる日吉を置いて、跡部もまたコートに向かう。 そう、もうすぐ、始まるのだ。 |