「……フッ、俺様に勝とうなんざ、いい度胸じゃねぇか」 「ほざけ! 吠え面かかせてやるよ!」 睨みあう跡部と向日。 机を挟んで向かい合っている二人を囲むように、息を呑んで他のメンバーが事の成り行きを見守っている。 「オープン! スリーカード!!」 「甘い! ストレートだ」 「うあーっ! クソクソクソッ!」 机の上に開示される五枚のカード。 跡部の札を見て、向日が口惜しげに頭を抱える。 ……そう、今やっているのはポーカーである。 ただ、気合の入りようが半端ではなく、ただのトランプ遊びの域を越えているだけで。 ことの始まりは、例によって例の如く、巴だった。 「皆さん、ポーカーやりませんか?」 安物の紙製のトランプを掲げて、楽しそうに提案する。 しかしながら、その場にいたメンバー―――氷帝レギュラー陣―――の反応はあまり良くない。 「ポーカー? なんでいきなりンなもんやんなきゃなんねぇんだよ」 「同感ですね」 とまあこんな具合で軽く流れそうになった企画であったが、忍足の一言が情勢を覆した。 「賞品はなんや? やるからには、モノかけて真剣勝負やろ」 忍足の言葉に、巴が困ったように眉根を寄せる。 「賞品ですか……? なんにも、用意してませんけど」 「そうか? ほな、例えば『お姫様のキス』とか」 「え!?」 途端、その場にいた殆どの目の色が変わった。 「よし、乗った!」 「え?」 「譲りませんよ、先輩方。……下克上だ……!」 「え、え?」 「仕方がねぇ……付き合ってやるか」 「えええぇぇえ!?」 かくして、巴本人の意向そっちのけで突発的ポーカー大会が催される事になったわけである。 カードを配布するのは、樺地。 逃げられた。 正直なところ宍戸も逃げたかったのだが、出遅れた。 現在の状況としては、やはり跡部と忍足が若干優勢か。 それに続いて、宍戸と日吉が追いかけるといった具合。 芥川は波が激しすぎ、鳳と向日は駆け引きが致命的に下手で、すでにこの三人はチップを使い果たし戦線離脱している。 五枚のカードが配られる。 ローカルルールで、チェンジの回数制限は特に無い。 誰かがストップ宣言を出した時点で残り一回の札交換が許される。 「ストップ」 「っておい、いきなりかい」 日吉の持ち札をチラリと見ただけでいきなりのストップ宣言に、忍足が目をむく。 色々考えているのだろう。 一巡目でいきなり引きが良かったんか。 忍足の現在の役は、絵札の1ペア。 ただし、絵札の片割れを除けば、札の種類は全てクラブ。 日吉の引きが良かったんやったら、1ペアなどではおそらく勝てへん。 しかし、ブラフという可能性は……? 唯一の役を捨てて、1/4の確率でフラッシュを待つか。 1ペアで勝負をするか。 それとも、降りるか。 「チェンジ五枚!」 巴が札を全て放棄する。 持ち札を全て交換するくらいならば普通は降りる。 その方が損が少ないからだ。 最も、そんな定石は彼女には通用しない。 ……そういえば、彼女も参加していたのだった。 あまり目立った勝ちが無いので意識に上らなかったが……コイツの現在のチップはいくらだ? 単なる捨て鉢か、と思った跡部だったが、カードを交換したあとに続いた巴の言葉に驚いた。 「チップ、全部かけます!」 ノートの切れ端で作ったチップを全て表に出す。 予想外に、彼女の持ち点は多い。 「そういや、巴お前、今まで殆ど勝負してねぇよな……」 呟くように言う宍戸。 勝ちも少ないが、そもそも勝負に出ていないので最低限のチップしか支払っていない。 巴以外の全員が降りれば話は別だが、誰か一人でも勝負に出れば、それで全体の勝者も決する。 今回の勝負に二位の意味は、ない。 「し、宍戸さん! 頑張ってください!」 「うるせぇ、責任を俺に押し付けるな長太郎!」 涙目で訴えてくる鳳を払いのけながら、自分のカードを確認する。 2ペア。 これで、勝負になるのか、どうか。 いや『そもそも他の奴等ほどそこまで勝負にこだわる必要ねぇよな、俺』とか思わないでもないのだが、他の奴等が勝った場合、巴のことが心配だ。 それをこだわっていると言われてしまえば言い返せないのだが。 そして、カード交換権のない日吉。 まさかここで突然大勝負に出られるとは思わなかった。 自分からストップ宣言を出しておいて、降りるのは沽券に関わる。 意地でも勝負にでる。絶対に。 ……この性格は、あまりカードゲームという駆け引きに向いていない。 忍足と宍戸が一枚、跡部が二枚チェンジ。 結局全員が『勝負』を選んだ。 「では、勝負! ……オープン!」 ポーカーは、ある程度までは腹の探り合いと駆け引きのゲームである。 しかし、その『ある程度』の範囲を越えると、あとはもう。 「んぁ? ……もう、終わったの〜?」 ―――個人の運の強さがモノをいうのである。 「いやぁ、なんとか勝てましたね!」 快活に巴言う。 憮然とした表情でカードを手渡しながら、跡部が言った。 「おいお前、あんな無謀な勝負で負けたらどうするつもりだったんだ」 「でも、勝ちましたよ?」 「そうじゃなくて。 巴さん、勝った人にキスしなきゃいけなかったんだよ?」 「え? あれ、本当に本気だったんですか?」 巴の言葉に、皆なんとなく顔を見合わせる。 勝負の時には100%本気だったのだが、果たして実際に勝利したとして、それを実行できたのかどうか。 こいつらがいたら絶対に邪魔されるのもわかりきっているし。 どうせやるなら、二人っきりで合意の上がいい。 「まあ、仮定の話はともかくとしてや。 勝ったんは巴や。さ、どうして欲しい?」 忍足の言葉に、巴が笑顔になる。 「あ、そうですね! じゃ、今から皆さんでお茶しませんか? おごってください!」 「八人分、食うのか……?」 「し、失礼ですね! そんなわけないじゃないですか!」 ま、とりあえず今日のところはこれで試合終了。 |