トリュフ。 生チョコ。 ビターにミルク、ホワイトチョコにイチゴ、ヘイゼルナッツ。 もしくは焼き菓子。 「うーん……」 華やかなバレンタインの特設コーナーで巴は首を傾げた。 どれもしっくりこない。 自分がもらうのならどれでも嬉しい。どれも食べてみたい。 しかしバレンタインのチョコレートというのは人にあげるものだ。 だから、自分が欲しいものを買ってもしょうがない。相手に喜んでもらうためのものなのだから。 しかし、相手は日吉である。 日吉が喜ぶようなチョコレートなど、到底思いつかない。 なんとなく日吉のイメージは洋菓子よりも和菓子に近い。 ちらり、と和菓子のコーナーに目をやり、すぐに首を横に振る。 時節柄和菓子のコーナーにもバレンタイン用の商品はある。 あるにはあるが、チョコレート味の羊羹や生チョコ大福などを日吉が喜ぶだろうか? 洋菓子以上に毛嫌いする様子が目に浮かぶようである。 じゃあ甘味ではなくお煎餅とかでは? そう思ってみてみるとバレンタイン用の煎餅等の商品も確かにある。あるが。 ……無理! どうしてチョコレートとかはシンプルなのもあるのにバレンタイン用のお煎餅とかはハート型とかのいかにもなデザインなのか。 それはもちろんバレンタイン用だからである。 普通の形、ラッピングの煎餅はただの煎餅でしかない。 「……やっぱり、無難にチョコレートにしよう……」 結局のところ、その結論に達し、また最初の悩みに戻るのであった。 バレンタイン当日。 部活後に電話をしてみたが、予想通り日吉は出ない。 そこで巴は氷帝学園まで足を延ばしてみる。 前に堀尾たちと偵察に行ったことがあるので氷帝学園の場所はよくわかっている。 迷う事もなくすぐにテニスコートに辿り着くことができたが、なにやら人が多い気がするのは気のせいだろうか。 時間が時間だ。 氷帝テニス部の部活動時間も既に終了している。 コートに残っているのは数人の自主練習中の部員だけだ。 その中に、日吉の姿はあった。 練習の邪魔をするつもりはないので終わるまで待とう。 そういえば前回はこっそり氷帝の練習を見ようとしてつまみ出されたんだったなぁ、と思い出す。 あの時は殆ど練習を見ることは出来なかったので少し興味があった。 だが、結局今回も氷帝の練習風景をじっくり眺めることは叶わなかった。 あっさりと日吉に見つかったからだ。 氷帝テニス部員には青学センサーでも付いているのだろうか。 目が合った、と思うと同時に日吉はこちらに歩いてきた。 「へへ、こんにちは日吉さん。お疲れ様ですー」 「お前もか」 「は?」 何故か日吉は妙に不機嫌だ。 そして言われた言葉の意味がわからず首をかしげる。 要領を得ない巴に更に苛ついたような声を出す。 「バレンタインだろ」 「あ、はい!」 「……チッ」 今、小さく舌打ちされたような気がするけれど気のせいだろうか。 「跡部さんならいないぞ」 「……? 跡部さん、とっくに引退しているんじゃないんですか」 それよりなによりどうして跡部の話になるのか理解できない。 「今もたまに来るんだよあの人は。お前知ってて来たんじゃないのか」 「いいえ? 日吉さんがいるだろうと思って来たんです」 「言っておくが俺は預からないぞ、絶対に。自分で渡せ」 「……えーっと……」 なんだか段々話が読めてきた。 ここに来る途中に女子の姿が多かったような気がした理由も。 日吉がしょっぱなから不機嫌な理由も。 どうも今日は一日私書箱代わりにされているらしい。 「あの、日吉さん」 「なんだ」 「私、跡部さんにチョコ持って来たわけじゃないんですけど」 「……は?」 今度は日吉が怪訝な顔をする。 「じゃあ誰にだ。言っておくが今日は大して部員は残ってないぞ」 あれ、日吉さんってこんなに鈍かったっけ。 よほど今日と言う一日に疲弊しているのだろうか。 「日吉さんはいるじゃないですか」 「だから」 「さっき私『日吉さんがいるだろうと思って来た』って言いましたよ」 先ほどの台詞をもう一度繰り返す。 少しの間を置いて、ようやく日吉にも呑み込めたようだ。 「用は俺に、か」 「はい」 少し恥ずかしいと思いつつも言い切った。 「……そろそろ上がる。もう少し待ってろ」 「え? いいですよ。練習の邪魔するつもりはないですから待ってます」 「馬鹿、お前の為じゃない。自主練とは言え青学に正レギュラーの練習を見せるほどウチは甘くないんだよ」 そう言って部室があるのであろう方向に歩き出そうとした日吉を巴は咄嗟に呼び止めた。 「あ、あの、ひとつ聞いていいですか?」 「なんだ」 「日吉さんってどんなチョコが好きですか? あ、いまさらなんですけど!」 本当に今更聞いても変更のしようもないのだけど気になってつい訊いてしまう。 すると、日吉の答えは予想外だった。 「チョコはどうでもいい」 「え!? どうでもいいって……嫌いだった、とか」 「いや、そういう意味じゃない。どうでもいいというか、なんでもいいというか」 どちらも大して変わらないのではないか。 一方的な押し付けではあるがこちらとしては一生懸命悩みに悩んで選んだのに『どうでもいい』は悲しい。 それが表情に出たのだろうか。 珍しく日吉は言葉を選びあぐねている様子を見せた。 「お前がくれるんだったら中身がどうでもそれが一番いい」 「え、それって」 「……校門で待ってろ」 背中を向け、足早に行ってしまったが向こうを向いてしまう前に一瞬刷毛で刷いたように日吉の顔が朱に染まったのは見逃さなかった。 それって、そういう事だよね。 しばらくその場にぼんやりと立っていた巴だが、はっと我に返ると慌てて指定された校門に向かう。 日吉がやってくる前にこの火照った顔をなんとか冷まさないと。 それと、緩んだ頬も。 しかしこの短時間にそれを成し遂げられるかは甚だ疑問だった。 |