クリスマスイブ、この日青学テニス部は近場のファミリーレストランにてクリスマス会を行っていた。 とはいっても中学生の執り行うもの。当然アルコールはまったく入らないが盛り上がりという点に関してはまったく遜色ない。 初めに乾杯の音頭を取った後はそれぞれ仲のいいメンバーで雑談をしつつ食事をつまんでいる。 巴がから揚げをつまみながら話している相手も、いつも一緒にいる気の置けない友人、那美だった。 「え、結局断られたの?」 「うん、ダメだった。 でもさあ、せっかくのクリスマスだよ? 花火だよ? もうちょっとくらい乗り気になってくれてもバチは当たらないと思うんだけど」 「まあそうかもしれないけど、らしいって言えばらしいよね」 「うん、それは私もそう思う……」 何の話かというと今夜の夜にあがる花火のことである。 青春台では毎年クリスマスイブの夜に花火を上げるらしいのだ。 冬の花火。それは是非見てみたい。 そう思って数日前日吉を誘ってみたのだがけんもほろろに断られた。 「断る」 「えー、なんでですか! クリスマスですよ! 花火ですよ! みたいじゃないですか!」 「俺は別に観たくない。クリスマスにも興味はない」 「そこをなんとか! 私、東京に来て初めてのクリスマスなんですよ?」 「……それが俺となんの関係があるんだ?」 「ないですけど、情にほだされてくれるかなって」 「切るぞ」 そして、本当に電話を切られてしまった。 クリスマスだろうがなんだろうが日吉はやはりブレがない。 「那美ちゃんはダメなんだよね?」 「うん、ごめん。家族が家で待ってるから寄り道しないで帰ってきなさいって言われてるし」 「あーあ……ここに来るのも渋ってたリョーマくんが付き合ってくれるわけないし、桃ちゃん先輩とか帰りに寄ろうとか言わないかなぁ」 さすがに一人は寒々しい。 けれどクリスマスイブなんだし、花火が見えやすいスポットには人が大勢いるかもしれない。 そんなことを思っているとバッチリ那美から釘を刺される。 「言っとくけど一人で行こうとか考えてちゃだめだよ。冬の夜は夏に比べて人出も少ないんだし」 「う……なんでわかったの」 「モエりんの考えそうなことだから。 にしてもそんなに行きたいならもっと乗ってくれそうな人誘えばよかったのに」 那美の言葉はもっともだ。 日吉なんて断られそうな人間の最高峰なのに。 けれどどうしてか真っ先に日吉に電話をしてしまったのだ。 「……勢いで押し切れると思ったのかな……」 そう言うと、那美に苦笑された。 みんなで楽しく過ごす時間というのはあっという間に過ぎていく。 気が付けばもう解散時間だ。 皆三々五々散っていく。 「じゃ、那美ちゃんまた部活でね!」 そう言って巴も帰路に就こうとしたが、急に那美が駆け寄ってきて巴の腕を取った。 「え、何?」 「あっち! いいから!」 首をかしげながらも彼女に押しやられた方向へと足を運ぶ。 ファミリーレストランの出口から駐車場を抜け、敷地の境に植えられた観葉植物の傍。 白い息を吐きながら、そこに立っていたのは日吉だった。 「ど、どうしたんですか日吉さん!?」 「……お前が呼んだんだろうが」 「だって、行かないって……っていうか来てるなら来てるで連絡くらいしてくれればよかったのに」 「その台詞、三十秒冷静にもう一度考えてから言ってみろ」 日吉に言われて少し考える。 そして十二秒ではっと気が付いて鞄の中から携帯を取り出した。 着信七件。受信メール三件。 「…………すいません、気づいてませんでした」 「別に」 いきなり連絡した方が悪いんだろ、とうそぶく。 ファミレスの中は騒がしく、また鞄はまとめて隅に置いていたので気付くわけもなかった。 しかしよく帰らなかったものだ。 「えっと、ここに来てくれてるってことは花火、つきあってくれるんですか?」 「言っとくが」 期待に満ち満ちた声で巴が言うと、日吉はなぜか微妙に顔を反らしつつ巴の言葉を遮るように手を伸ばした。 「初めてだって言うから今年は特別に付き合ってやるだけで、来年はないからな」 「情にほだされてくれたんですね!」 「……やっぱり帰る」 「いやいや嘘嘘、冗談ですって! 今年だけでも嬉しいです、ありがとうございます!」 慌てて日吉の腕にすがる。 ぎょっとしたような顔をされたが、引きはがされはしなかった。 いきおいそのまま歩き出す。 こんな寒い中で待っていたんだったら左腕だけでもちょっとはこうしていたら暖かいかな、なんて思ったので巴からも別に放さない。 「にしてもよく私がここにいるってわかりましたね」 「訊きもしないのにお前が勝手に言ったんだろうが。ここで青学のクリスマス会をするって。ご丁寧に時間まで」 確かに言った覚えはある。 あるけれど。 「……」 「なんだ」 「意外に日吉さん、私の話ちゃんと聴いてくれてるんですね」 「お前、俺を怒らせたいのか」 「いやだっていつもすごく気のない聞き方してるから聞き流してるのかなって思うじゃないですか」 巴が話している事の大半は他愛のない雑談だ。 その中でクリスマス会の話もしたけれど、時間まではっきり覚えているとはまさか思えなかった。 いつも心底どうでもよさそうな顔で聞いているのに。 「別に熱心に聞いてるわけじゃない。たまたま覚えてただけだ」 「えへへへへへ」 「今度はなんだ気持ち悪い」 「えー、嬉しいなぁって思って」 へらへらと笑う巴に、日吉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。 「今回は特別だからな」 「わかってますってば」 「お前信じてないだろ」 「そんなことないですよー」 そうこうしている間にほど近い公園にたどり着く。 然程待つこともなく澄んだ冬の空を大輪の花火が彩っていく。 それはとても美しく、東京での初めてのクリスマスの思い出を締めくくるには充分すぎるくらいだった。 ――結局のところ「今年だけ」が「毎年恒例」になってしまうのは、彼も彼女もまだ知らない。 |