「ねえ、日吉さん」 「あ?」 休日、練習中に失った水分を補うべく自販機に向かう。 さっさと自分の分のスポーツ飲料を購入する日吉の横で、さて自分は何を買おうかと悩んでいた巴がやっと自販機の購入ボタンを押しながら何気なく呼びかけてきた。 気の無さそうな返事をしながらペットボトルの蓋を開け、喉を潤す。 不快そうに眉をしかめた日吉に巴が興味深そうな顔を見せる。 「日吉さん、スポーツドリンク嫌いなのに買ってるんですか?」 「別に。嫌いってわけじゃない」 ただし、好きでもない。 スポーツドリンクを飲んだときの微妙な甘さが好きになれないだけだ。 何時間もテニスをしたあとなので流れ出たのは水分だけではない。 その補給目的で買ったが緑茶やミネラルウォーターにした方が正解だったかもしれない。 いつもそう思いつつとりあえずスポーツドリンクを買うのが日吉の常である。 「それを言いたかったのか」 「いえ、それは今見ながら思っただけで」 首を横に振りながらそう言う巴が手に持っているのは新製品だかなんだか知らないが得体の知れない、日吉ならタダでも飲まないであろうシロモノである。 しかも毎回毎回見る度違うものを買っている気がする。 なので不味いの美味いのかはわからず仕舞いだ。 「じゃあなんだ」 不機嫌そうに日吉が言うと、巴はその美味いのか不味いのかわからないドリンクをラッパ飲みしてから口を開く。 「日吉さんってお休みの日の午前中って何やってるんですか?」 「は?」 「だって、なかなか連絡がつかないから」 「単に携帯を持ち歩いてないだけだ」 言われても格別何か特殊なことをしているわけではない。 「たとえば、十時くらいに電話をしてもだいたいつながらないですよね」 「その時間帯はだいたい外で基礎練だ」 携帯を持っているわけもない。 「そうかなー、と思って少し早めの八時とか九時頃に電話をしてもやっぱりつながらないんです」 「道場だな」 勿論、道場に携帯は持ち歩かない。 「それなら、と思って今朝は七時前に電話してみたんですけど、それでもつながらなかったんですけど」 「ランニングだろう」 というか、その時間帯に電話をして寝ていた場合はどうするつもりだったのか。 休日なら寝ている輩だって多いだろうに。 当然そんな時間に日吉が寝ているなど有り得ないが。 立て板に水の如くの回答に、目を瞬かせながら巴が息を吐く。 「はぁー、日吉さんって真面目ですねえ」 「お前も人のことを言えないだろう」 「私?」 驚いたように巴が自分を指差す。 一気に半分近くを減らしたペットボトルの蓋を閉めながら、日吉は首肯する。 「休みの日にも毎週毎週スクールで何時間もテニスやっているような奴が人のことを真面目だなんだと言うのは妙だろう」 それに、日吉が熱心なのは勝ちたいからだ。 勝つためには強くならなければならない。だからトレーニングを積む。 目的の為の手段であり、それは至極当然の行動だ。 しかし巴は見た感じどうも違う。 試合は楽しくてもそれに付随する練習を楽しめる人間は稀だろう。 巴は、その稀な人間だ。 「そうですか?」 しかし、その指摘に巴は不思議そうに首を傾げる。 「そうだろう」 「だって平日の学校でやるテニスと休日のスクールでやるテニスはまた別じゃないですか」 基礎練を真面目にやるのとはちょっと違う、と主張する。 「そりゃ基礎練とは微妙に違うだろうが」 「全然違いますよ。 コートが違うと、打ち合ったときの感触も違うし、それに休日じゃないと日吉さんと一緒にテニス出来ないじゃないですか」 さらりと聞き流しそうになるようなくらい自然に言って巴は笑った。 どう答えるべきか、それとも流すべきか。逡巡した末に日吉は吐き捨てるように言った。 「やっぱり妙だ、お前は」 「そうですか?」 「そうだ」 言ってペットボトルを口に当てたが、さっき蓋を閉めていた事に気がついて舌打ちしながら乱暴にそれをバッグの中に放り込む。 振り返ると、にこにこと笑顔のままの巴がそこにいる。 絶対に言わない。 自分も、巴と一緒の練習は楽しいとか思い始めていることなんて、絶対。 |