選択の結果








 自分には王女を養うだけの余裕がない



 そう答えた時の彼女の顔を覚えている。
 何かを堪えるような、傷ついたと言うよりは、覚悟していた事実を受け入れた表情。
 急転直下の出来事ばかりで既に感覚は麻痺していたのかもしれない。



「おかえりなさい!」

 家の扉を開くと、弾んだ声と笑顔で彼女が出迎える。
 宮殿と比較するまでもなく小さな家。
 彼女が身にまとうのは絹の豪奢なドレスではなく、質素な衣服。

 彼女の手をとる。
 慣れぬ水仕事で荒れた指。
 一代男爵の家であった自分の家では、最低限の使用人しか雇う余裕はない。
 まだそれでも一般市民よりはずっと豊かだとはいえ、こんな生活は想像する事すら無かっただろう。


「どうしました?」


 手をとられるままに、ただにこやかな笑顔で巴が訊ねる。


「王女」
「私は、もう王女ではないわ」


 そんな事をいう彼女に構わず先を続ける。
「貴方は、後悔していないのですか?
 あの時、俺の元に来る選択をした事を」


 他の誰の所へ行ったとしても、王族の暮らし程ではないが上流貴族並の生活は保証されていた。
 多少格が落ちる程度で済んだ筈だ。

 そんな自分の負い目に対して、彼女は驚くほど明るく答えた。

「後悔をするのは、貴方でしょう?
 余計な荷物を抱え込んでしまって。
 ……私は、今とても幸せだわ」


 笑顔で断言する。
 嘘も欺瞞も感じられない瞳。


「あの時、ジローさんが言ってくれたでしょう?
 好きな人の所に行くのが一番いいって。
 そして、私は選択を間違えてない」

「王女……」

 泣きたいのか、嬉しいのか、自分の感情がわからない。

 目の前で彼女が拗ねたような顔をする。
 日吉の表情に気づかない振りをして言葉を紡ぐ。


「もう、だから私はもう王女じゃありませんって言っているじゃありませんか」


「いや、貴方は王女だ」


 そういうと日吉は彼女の前に跪いた。


「俺にとって、貴方は一生忠誠を捧げ護り抜く、唯一の人で……俺だけの王女です」


 彼女を見上げる顔に、もう先ほどの気弱げな表情は見えない。

 ずっと仕えては来たけれど、雲の上の存在だった人。
 あの日、あの偶然の出会いがなければ、それは今も変わらなかった。
 ただ守るだけの美術品が、あの時はじめて生身の身体を持ったのだ。


 王宮の奥深くで護られた世間知らずの、しかし真摯な瞳を持ち、弱音を見せる事のない少女。

 王女としての暮らしよりも、自分との生活を選んでくれた人。




 あの時、


『しかし、もしもそれでも敢えて貴方が俺の元へ来る事を望んでいただけるのならば、喜んで貴方をお迎え致します』


 そう言葉を継いだ時の笑顔は今も鮮やかに胸の中にある。





 跪いた日吉に手をのばすと、巴はにっこりと嬉しげに微笑んだ。
 ならば貴方は私だけの国王陛下だと。
 自分にとってただ一人の、付き従うべき人なのだと。




 そんなことを言う彼女の手の甲に接吻をし、彼は告げた。




「貴方を……愛しています」







はい。スイマセン。
暴走にも程がありますなハハハハハハハ。
実際問題、欧州夢第一夜で出会った瞬間からこの夢で一番落としたいのは日吉でしたよ?
身分違いの恋! ビバ逃避行!
いやまあシステム的に無理なんだってこたぁわかっていたんですけどね……。

で、妄想の結果がコレ。
厳しいのが、この夢だと日吉は敬語ですし、巴ちゃんもちょっと性格が違うんですよね。
果たしてこれを「日吉巴」と言ってしまっていいものやら。

欧州貴族を意識して普通のSSだったら到底描けない描写を目指してみました。
わー、楽しい。
途中で一代限りとは言え男爵だったという事を思い出してあまりに貧乏すぎた描写を訂正してました……バカ……


2006.3.9

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