「ホワイトデー?」 跡部が怪訝そうに眉を寄せる。 いつものように二人で練習を終えて帰宅する途中の何気ない会話が発端であった。 あちらこちらではじまっているホワイトデー商戦の宣伝を見て、なにげに巴が跡部は準備が大変だろう、といったところ、先のような反応が返ってきたのである。 「あれ、ひょっとして、跡部さん……ホワイトデー、知らないですか?」 「馬鹿言え。 ただそんなイベントに乗ったことが無いだけだ」 「え? ……そうなんだ」 跡部がバレンタインにチョコをもらっていないなどということがある筈は無いから、お返しをしていないという事なのだろう。 それは相手に失礼だ、と一瞬思ったが冷静に考えるとどうせもらっている量もハンパでないのだろうし、そうなると一人一人にお返しをするなどという面倒な真似を跡部がするはずは無い、と思い直した。 全員が顔見知りというわけでもないだろう。 そうなると芸能人がお返しをしないのと同じ理屈だ。 つくづく一般中学生と異なっているなぁ、と巴は改めて認識する。 その沈黙を、跡部は別の意味に取った。 「お前、何か欲しいのか?」 「えっ!?」 そういう返答が来るとは予想もしていなかったのか、巴が驚いた表情を見せる。 「巴にしては随分消極的なモノのねだり方だな」 「ち、違います! ただ一般論を言っただけで、全然まったくそんなつもりじゃ……!」 口角泡を飛ばさんばかりの勢いで反論しようとする巴に、つい吹きだしてしまう。 「クク……バーカ、冗談だ」 「跡部さん、酷いですよ!」 口を尖らせて巴が反論する。 いつもながら表情がくるくると変わるので見ていて飽きない。 に、しても。 バレンタインからもう一ヶ月か。 そんなことを跡部は思う。 菓子業界の商業的イベントに過ぎない日ではあるが、今年のそれは例年より印象が深かった。 他ならぬ巴がチョコを渡してきたからである。 見所のある下級生として接してきた彼女が異性だったという事をその時初めて本当の意味で自覚したのだ。 「いや、だが本当に何か欲しいんなら言ってみな」 「え、本当にいいんですか?」 「お前の欲しがる程度のものなら軽いもんだ」 が、巴の出した答えは跡部の予想外のものだった。 「えーっと、……じゃあ、あんまりお金のかかってないものがいいです」 「……何?」 「だって、高価なものをもらうと先に気兼ねしちゃうじゃないですか。 だったら、お金のかかってなくても気持ちのこもっているものの方が私、欲しいです」 巴の頓狂な言動にはなれたつもりの跡部であったが、まだ認識が甘かったようだ。 そもそも跡部の予想の範疇に巴を入れてしまおうという考え自体が既に間違っている。 なんでもやろうと思っていたのだが、これは……何をやればいい? 「ったく……妙なことばかりいいやがる」 「妙ですか?」 しばらく考える。 なにやら嬉しそうな顔で巴がこちらを見ている。 降参を告げるのは矜持が許さない。 「……そうだな、じゃ、こういうのはどうだ? 『俺様の横にいる権利』」 「え?」 「俺の気持ちが欲しいんだろう?」 ふざけるな、と怒るかと思ったのだが反応は真逆だった。 「いいんですか? あとで、やっぱなし、とか効かないですからね!?」 紅潮した頬でそんなことを言ってくる。 ……半分冗談のつもりだったんだが。 やはりこいつは予測できない。 認識を改めてからもうすぐ一ヶ月。 別にそれまでも同性と思っていたわけではないが、恋愛対象という目で見たことは全く無かった。 だが、まあ、そういう視点でなくとも。 この権利はとうの昔に巴に譲度されているんだが、な。 |