ガトーショコラは洋菓子の中でも無骨な外見のケーキである。 一方、跡部に用意してもらった食器は繊細且つ優雅な装飾が施された素人目に見ても高級だろうと容易に推測のつくシロモノだ。 その上に、巴が持参した無骨なガトーショコラ。若干、浮いている感は否めない。 「……もうちょっと見た目おしゃれなものに挑戦した方が良かったかもしれないですね」 「バーカ、見た目で勝負したらそれこそプロの仕事に勝てるわけねぇだろうが。 それにお前の技量がどうこうじゃなくガトーショコラってのはこういうもんだろ」 いたたまれないような気分になった巴とは対照的に、跡部はまったく気にする様子はない。 ひょいと手を伸ばすとガトーショコラを口にする。 「悪くねえな」 その言葉に、隣に座る巴の表情がぱっと明るくなる。 相変わらず感情の起伏がわかりやすい。 「料理は得意なんじゃなかったか」 「跡部さん、わかってませんね。料理とお菓子づくりは別物なんですよ。ましてやガトーショコラは初挑戦だったんで自信なくって」 何が違うのか跡部にはよくわからないが、違うらしい。 なんにせよ跡部の評価に安心した巴がフォークで自分の分のガトーショコラを口に運ぶ。 「あ、本当だ、美味しい!」 「……ちょっとまて。まさかお前俺様を毒味役にしたわけじゃないだろうな」 「やだなぁ、そんなわけないじゃないですか。……まあ、焼き上がってからは味見してませんけど」 「お前な……」 呆れる跡部に構わず、巴は幸せそうな顔でケーキをほおばっている。 「いやぁ、お菓子作りもできるなんて、いいオンナを跡部さんは彼女にしましたねぇ」 「そうだな」 跡部が言うと、巴が妙な顔して動きを止める。 ノドをつまらせたらしく、慌ててコーヒーを口に含む。 「どうした、塩の塊でも入ってたか」 「材料に使ってない塩なんて入ってるわけないじゃないですか……跡部さんが、妙なこと言うからケーキ丸飲みしちゃったんですよ!」 「妙なこと?」 巴の言葉に肯定の意を返しただけだ。 「さっきのは『何言ってやがる』とか言うところでしょう?」 「アーン?」 ツッコミ待ちの冗談のつもりが、普通に肯定されたので面食らったらしい。 成る程。 まさに『何言ってやがる』だ。 「巴」 「はい?」 こちらを向いた巴が顔の近さに驚いて離れようとするが、跡部がソファの背中側から腕を回しているのでままならない。 その手が巴の後頭部に移り、そのまま巴の顔を引き寄せる。 「…………!」 手の力を少し緩めると、巴が大急ぎで離れる。 顔が赤い。初めてではないのだが、いつも巴は激しく動揺する。 もっとも彼女に言わせるとそれは跡部のせいらしいのだがそれは彼の知ったことではない。 「なななな、なんですかいきなり!」 右手で口を押さえながらどもりつつ抗議する巴に、跡部は唇の端をつり上げて笑う。 「バーカ」 「バ、バカってなんですか!」 真っ赤な顔で言いつのる巴。 ニヤニヤと笑う跡部。 バーカ。 俺が惚れた女が、いいオンナじゃないわけねぇだろうが。 |