「跡部さん、バレンタインは誰からもチョコ受けとらないって、本当ですか?」 突然、巴がそんなことを口にした。 2月初旬。 そろそろ周りが妙に浮かれ始める時期である。 「くだらねえ事を聞くな。 俺様が誰ともわからんヤツからの食品を口にするわけねえだろうが」 これが跡部の答え。即答である。 「え、じゃあ、机やロッカーにこっそり入れられてた場合は?」 「氷帝のロッカーは鍵がかけられる。 机に入れられていた場合はそのまま教卓に移動させる。 ついでに言うと自宅に郵便で送られて来た場合は受け取り拒否で直接ポストに入れてあった場合は仕方がねえから廃棄処分だ」 ……徹底している。 跡部の対応もだが、手を変え品を変え挑戦する女の子たちもである。 いったい何年この攻防戦は繰り広げられているのだろう。 この分だと訊いてはいないが他のテニス部員に頼んで手渡す、という手段も当然無効なのだろう。 「じゃあ、跡部さんはバレンタインにチョコを受け取ることはないんですか?」 ないのだろうなと思いつつもそう言ってみると、意外にもその答えはノーだった。 「身内や断れない筋からのものは受けとっている。浮世の義理だ」 折角答えてもらってもそれが答では全く意味がない。 巴は溜息をついた。 「そうですか……それはまったく参考にならないお答えで」 「参考?」 反復した跡部にこくりと巴が頷く。 「クラスの子に訊かれたんですけど、私が知っている筈ないじゃないですか。 で、直接訊いて見ようかな、と」 そんなことを訊かれると言うことはそれを知り得ることが出来ると思われる程度には自分が周囲に位置づけられているということを彼女は理解していない。 「なるほどな。 巴にしては妙なことを聞くと思った」 「妙ですか?」 怪訝な顔をして巴が首をかしげる。 「ああ、妙だ。 お前がチョコレートを用意しているのかと思った」 そう思っていながらあの回答とは、跡部もイイ性格である。 遠回しに牽制しているようなものだ。 「たとえそのつもりだったとしても、さっきの答え聞いたらイエスとは言えませんよね、普通の人は。 まあ、その予定はないですけど」 いかに巴といえども確実に突っ返されると分かっていながら渡すことなどする筈がない。 「そうか。 お前からなら受けとってもいいと思ったんだがな」 なにげない口調で跡部が言う。 おかげでサラリと聞き流すところだった。 「へ? ……ああ、身内だって認めてくれてるってことですか?」 確か先ほどの会話に出てきた唯一の例外がそれだった。 納得しかけた巴だったが、跡部は軽くそれを否定する。 「バーカ、お前如きに義理立てする必要はねえ」 ……まあ、確かにそれも、もっともではある。 だが、そうなると? 「じゃあ、なんでですか?」 再び袋小路に嵌まり込んだ巴に、跡部はいつもの自信満々の笑みを浮かべただけで答えを返してはくれなかった。 「その気があるんなら、ゆっくり考えときな」 たった一つ、義理以外で受け取るバレンタインのチョコレート。 その意味なんて、決まりきっている。 |