不機嫌さを露にして跡部は携帯を睨み付けていた。 意に沿わぬ相手から電話がかかってきた訳でも不快なメールが届いた訳でもない。 その逆、連絡がこない事が不満なのだ。 来ない理由は分かっている。 判ってはいるのだ。 部を引退して受験勉強、という名のモノがテニスに取って代わって生活の大部分を占めるようになって随分になる。 別にがむしゃらに机にかじりつかなければならないような成績ではないが、半端は彼の嫌うところである。 よって部活以外の場でのテニスさえも遠ざけてしまっていた跡部を襲ったのは、どうしようもないくらいの強い焦り、であった。 テニスをしていない、とはいえまったくラケットを握っていないというところまで徹底しているわけではない。 それでもテニスが生活の中心にまでなっていた今までとは比べ物にならない。 自認したくはないが、明らかな情緒不安定になりつつある。 そんな時に跡部が思い起こしたのは巴の事だった。 今頃、巴はテニス漬けの毎日だ。 テニスを始めて1年足らず。 若干思うような球が打てるようになり、今が一番楽しい時期だろう。 しかも彼女の成長は早い。 しばらく見ないうちに巴はどれだけ成長しているのだろう。 そう思うと、無性に腹が立った。 俺がこれだけガマンしているっていうのにあいつは。 当然、これは単なる八つ当たりである。 受験生である跡部を慮って巴が連絡をしてこないということだって跡部は十二分にわかっている。 わかっているがだがそれとだから自分を律する事ができるかということは別問題だ。 結果、鬱憤がたまった跡部は携帯電話を手に取ったのである。 数回のコールの後、電話が繋がる。 「巴か」 「跡部さん、お久しぶりです。どうかしたんですか?」 あっけらかんと言う巴に、跡部の声のトーンが下がる。 しつこいようであるが、巴に罪は無い。 「お前、最近練習しているのか」 「当たり前じゃないですか。毎日やってますよ」 言わずもがなの質問である。 即答した巴に、さらにバカな発言をしてしまう。 「じゃあなんで俺様に連絡しない」 「はぁ?」 間の抜けた声が返ってくる。 ワケがわからない、といった感じだ。当然だろう。本人だって何が言いたいのかわからないのだから。 が、すぐに巴が納得したという調子で言葉を続けた。 「あー、わかりました。要するに跡部さんテニスできなくてイライラしているんですね?」 合点がいったような巴の声。 そのとおりではあるのだが今の自分は簡単に巴にまで心中を読まれるほどにわかりやすいのか。 だが、わかってもらえていると気が楽になる。 人に弱みを見せない跡部には珍しい感情だ。 「ああ。お前とテニスがしたいな」 当たり前のように口からこぼれでた言葉。 自覚なく、口調から棘が消える。 不意に電話の向こうの声が途切れた。 「おい、どうした」 「……それ、ホントですか!?」 沈黙のあとの大声。 コイツは俺の耳を壊す気か。 しかも言うにことかいてホントですかだと。 この俺様がそんなくだらない嘘をつくとでも思っているのかコイツは。 「嘘じゃねえ。 お前の打つ球ももう随分受けてねえからな。……もっとも、腕が鈍っていたら容赦しねえがな」 「あったり前ですよ! 私だって日々精進してるんですから。 跡部さんこそ勘が鈍ってるんじゃないですか?」 「いい度胸じゃねえか。あーん?」 テンポのいい会話。 ああ、これでいつもどおりだ、と心のどこかでほっとする。 「……私も、早く跡部さんとテニスがしたいです」 今までの軽口のような口調から急に巴が真面目な声に変わる。 ほんの数ヶ月。 今までだって他校生なのだ。 それほど頻繁に練習を共にしていた訳ではない。 なのに、今一番望むのは彼女とやるテニスだ。 益になるか、そんなことは知らない。どうでもいい。 ただ彼女とテニスがしたい。 「悪いな。もうあとそれほど長くない。じきだ」 「あ、やっぱまだガマンするんですね。 わかりました。もうちょっとですね。跡部さんも頑張ってください!」 電話を切る。携帯を閉じる。 テニスをやりたい気分は電話をする前よりもさらに強くなった。 だけど。 あのどうしようもないような焦燥感は、跡部の中からはもう消えていた。 そう、あと、少しなのだから。 |