お見舞い






 放課後の青学テニスコート。
 いつもどおりの活気のあるたたずまいであるが、いつもその中で一際目立つ姿が、今日は見られない。

「あれ、越前、今日はトモエは休み?」


 そう尋ねる不二にリョーマは不機嫌な表情を見せる。

「……別にオレはアイツの監視係じゃないんスけど。」

「でも、知っているんだろ?」


 不二も一歩も引かない。
 こういう時、リョーマは本当に知らなかったらそう答えるだけだ。
 知っているからこそこういう受け答えをしているのだと言う確信がある。



「……風邪引いて熱出したんで学校休んで寝てるっスよ。」


 案の定、アッサリと音を上げたリョーマが彼女の姿の無い理由を口にする。


「何だァ?
 それでトモエの奴今日は姿が見えねェのか。」

 と、桃城が会話に割り込んだところへもう一人入り込んでくる。

「え、何何?
 トモエ風邪引いてんの?
 お見舞い行こう、お見舞い!」
「……菊丸先輩もいたんっスか……。」


 菊丸だけではない。

「風邪か…疲労蓄積による確率が高いな。」

 乾までがノートを広げつつなにやら呟いている。


「じゃあ越前、練習が終わった後でトモエのところにお見舞いに行くから。」
「は? いつの間にそんな事になったんスか。」
「まあ、いいからいいから。」




「はい、だいぶ熱は下がったみたいだけれど
 大事をとって今日明日はゆっくり寝ておいたほうがいいわよ。」

 巴から体温計を受け取り、熱を確認すると奈々子が言う。

「えぇ〜、明日もですかぁ?」

 不満気に、しかし力なく巴が言う。
 換えてもらったばかりの氷枕が気持ちいい。

「そうよ。
 巴さんはいつも無理のし過ぎです。
 明日は折角の日曜日だけれど、大人しく寝てなさい。」

 看病をさせてしまっている身ではぐうの音も出ない。
 しかし、明日は一緒に練習する約束をしている。

「……練習、ダメになったってメールだけでも送っとかなきゃ……。」





 玄関の戸を開く音がする。
 リョーマが帰宅したのだろう。
 と言う事は、もう夕方か。


 そんな事をつらつらと考えていると、急に部屋の戸が開いた。


「トッモエー!
 調子、どう? 元気?」
「エージ、風邪で休んでるんだから元気な筈は無いんじゃあ……。」
「おっ、思ったより顔色いいじゃねぇか。」


 そこから顔をのぞかせたのはまず菊丸、そして遠慮がちに入ってきた大石に、ものめずらしそうに見ている桃城。
 熱のある身体に、突然のことで一瞬頭がついていかない。


「はや?
 ……先輩たち? なんで?」
「巴が風邪だって聞いたから、お見舞い。」

 にっこりと微笑んで答えたのは不二。
 いつの間にかちゃっかりと巴の枕もとに陣取っている。

「トモエ、体調回復にはやはり、この新たに開発した…。」
「いや、乾。
 病人にそれはちょっと止めておいた方が……。」

 乾までいる。


「はあ…こんなに先輩たちがいると一気に部屋が狭くみえますねぇ……。」
「悪かったね、狭い家で。」
「別にそういうつもりで言ったんじゃ…あれ、リョーマくんまでいる。」
「俺が自分の家にいたらおかしいわけ?」


 別に、リョーマが家にいるのがおかしいといったわけではなく、巴の部屋にいた、という事が意外だったのだけど。
 さすがにリョーマがこの部屋に来る事は滅多にない。
 そういうことを言いたかったのだが、何故かリョーマは不機嫌を顔全体に現しているのでそれ以上口をはさむ気にもなれない。


「タカさんも誘ったんだけど、店の手伝いがあるからって。」
「はあ……。」


 手塚と海堂に関しては聞かなくてもわかる。あの二人が来る筈は無い。
 まあ、こられなくて幸いだ。
 これ以上の人数が部屋に入ったらまさにすし詰め状態になる。



 熱に浮かされた頭でそんな益体も無い事を考えていると、再び戸が開いた。
 思わず、目を疑う。

 熱で幻を見ているのだろうか、と一瞬思ったほどに予想外だった。


「あれー? 跡部だ。」

 やはり驚いたような菊丸の声。
 と、いうことはやはり本物らしい。

「……どうしたんですか?」
「あん?
 寝ぼけた質問してるんじゃねえよ。
 テメェがメールよこしたんじゃねえか。
 俺様との約束を反古にするほどってのはどんな状態なのか見にきてやったんだよ。
 ……随分賑やかじゃねえか。」


 眉根を寄せた跡部の返事にそういえばさっきメールを送ったことを思い出す。
 しかしまさかメールを受け取ってすぐに本人がお出ましになるとは思わなかった。


「巴、跡部と今日約束してたのかい?」
「いえ、明日なんですけどね。
 明日一日休んだ方がいいって言われたんで。」

「へえ…。」


 この不二の返答が妙にカンに触った。
 もとより長居するつもりではなかったので即座にきびすを返そうとする。

「あれ、跡部さんもう帰っちゃうんですか?」

「どんな程度なのか見に来ただけだからな。
 こんな狭い場所に長居できるか。」
「…悪かったね、狭くて。」

 リョーマ、この台詞二回目である。


 すぐに帰ろうと思ったのだが、若干気が変わった。
 部屋の中、巴の方へ歩を進める。

「そうだな、明日の分の借りを返してもらっておこうか。
 ……巴、ちょっと。」
「はい?」



 呼ばれるままに跡部の方に向いた巴に跡部が顔を寄せる。
   


 一瞬。


「…………っ!」
「うつすなよ。じゃあな。」

 言うだけ言うとあっさりと部屋をあとにする。
 

「……今のでうつっても私のせいなんですかぁ…?」

「いや、トモエ、論点が違うぞ。」
「って、乾先輩も冷静に突っ込んでる場合っスか!」
「………アンニャロ……。」


 この後、部屋に残った側はちょっとした騒ぎになり、最終的に奈々子に追い出されるハメとなる。







あー、別に私リョーマん家が狭いなんて夢にも思ってませんからね。←開口一番それか
これだけのものに随分時間をかけてしまいました。申し訳ございません。
一度書いてボツって違う話にしてそれをまた抹消して…と、都合三回ほど書き直しを余儀なくされましたので…。
いや、一本だけの話で逆ハ、ってのが意外と難しくて。
結局アトモエなだけの話なような気がしないでもないです(^^;)。
最期の跡部と巴の台詞だけは随分初めから決まってたんですけどね。そこに行き着くまでが…。
こんなですが、気に入っていただけたら幸いです。

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