「よう、運営委員」
突然背後からかけられた声に、あやうく広瀬は大声をあげるところだった。 後ろを振り返ると、広瀬の反応に、逆に少し驚いたといった感じの仁王の顔があった。
「あ、に、仁王先輩。 何かご用ですか?」
慌てて取り繕う。 今自分が見ていたものに気づいていなければいいのだが。
「ああ、景品の事についてちょいとの。 で、誰を見ちょったんじゃ?」
……やはりすべてお見通しである。 外を見ていただけで個人を見ていたわけではない、という言い訳はこの仁王相手には通りそうもない。 と、なるとあと広瀬に出来る事は黙っている事くらいだ。
黙秘権を行使している広瀬には構わず、仁王が窓の向こうに目をやる。 視界に映ったのは、我が立海の副部長。それと。
少し意外な人物だった。
「真田の横におるんは……巴か……」
「ご存じなんですか?」
つい声に出した仁王の言葉に広瀬が反応する。
「あー、そうじゃな。 青学のミクスドの1年じゃ」
その彼女が真田と面識があったとまでは知らなかったが。 まあもっとも、この学園祭の準備期間に知り合ったという可能性もある。 真田から彼女の話などついぞ聞いたこともないので案外これが正解かもしれない。
「そうですか……あんな優しい顔をした真田先輩、ちょっと見ないですよね」
広瀬の口から思わず言葉がこぼれ落ちた。 そんな様子の真田を見たショックよりも、ショックを受けた事実の方がショックだった。 バカな期待をしているつもりはなかったのに。
仁王がちらりと広瀬を一瞥した後、再び外の二人に目を向ける。 なるほど、確かに常にはない穏やかな表情だ。 そして、真田だけではなく彼と相対した女子は大概妙に緊張していたりおびえていたりすることが多いが、実に自然体で楽しげに会話をしている。 きっとその場に誰かが乱入したとしてもこの空気は壊れる事はないのだろう。
何事にも真面目な真田の事だ。 偶然遭遇して軽く談笑をしていた程度なのだろう。 ほどなく、二人は別々の方向へと別れていった。
「あ、すいません、なんのお話でしたっけ」
しばらくの沈黙の後、広瀬が照れ笑いを浮かべながら言った。
「いんや、気にせんでええ。 ……しかし、お互い苦労じゃの……」 「へ、お互い?」
思わず聞き返した広瀬に、仁王は腹の底が見えない笑顔で返した。
「ん? そいなことは言うとらんよ。 それで景品のことに関してじゃが……」
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