学園祭準備風景






「桃ちゃん先輩、金魚すくいの準備の方はどうですか?」

 設置されつつある屋台の骨組みを眺めながら、ペットボトルを片手に休憩中の桃城に巴が言った。

 学園祭の準備も着々と進みつつある。
 当初は何もない空き地だったこの模擬店スペースももう所狭しと屋台が建ち並んでいる。
 もっとも、まだその中身までは完成していないが段々と祭気分が盛り上がってきているのも確かである。


「んーまあ、おおむね順調なんじゃねーの?
 そういうお前んとこはどうなんだよ」
「こっちは大変でしたよ〜。
 もう一時はどうなることかと……!」


 そういって溜息をつく巴が担当しているのは喫茶店である。
 乾と不二、と言う最恐の二人組の暴走を阻止する為にリョーマ共々半ば無理矢理に割り振られたのだ。
 こういう時、貧乏籤を引くのは一年と相場が決まっている。
 桃城は苦笑した。


「ははは、そりゃご苦労さん」
「ホントですよ!
 桃ちゃん先輩なんてさっさと逃げちゃってズルイんですから」


 そう言うと巴は唇をとがらせる。


「悪い悪い。
 けどよ、一時は、ってことは今はなんとかまとまって来てんのか?」

 無理に二人を入れたものの、喫茶店はもう諦めてかかった方がいいんだろうと思っていただけに、桃城はそこが気になった。
 と、その言葉に巴の顔が輝いた。


「そうなんですよ!
 私も半分諦めかけていたんですけど、広瀬先輩がしっかりまとめてくれて!」

「……広瀬って、運営委員の?」


 学園祭運営委員として青学テニス部の出す模擬店全てのサポートをしてくれているのが広瀬である。
 有能な運営委員だと評判ではあるが、まさかあの二人を擁する喫茶店まできちんとまとめあげたとなると確かに大したものである。


「はい。
 素敵な人ですよね。きれいで、かしこくて、優しくて。
 しかもそれだけじゃなくてあの二人を押さえてちゃんと企画を纏め上げちゃうんですから!」

 遠くに視線をやりながらうっとりと巴が言う。
 これではまるで恋する乙女だ。

 噂をすれば影が差す。
 そのとき、ちょうど広瀬がその場に姿を現した。
 視界の端に広瀬が映った途端に嬉しげに巴が大きく手を振る。


「あ、広瀬先輩だ! せんぱーい!」


 気付いた広瀬も笑顔で小さく巴に手を振り、小走りでこちらに来る。
 小柄な彼女に身長のある巴が懐いている様子はなにやら小型犬の成犬にまとわりつく大型犬の子犬を思わせる。


「桃城君、屋台の準備はどう?」
「おう、今もモエりんに言ってたところだけど、おおむね順調だぜ」
「先輩、今度はこっちの屋台の設営の打ち合わせですか?
 無理はしないでくださいね」
「大丈夫よ。私はお手伝いしてるだけだもの。
 巴ちゃんこそ、無茶しないようにね」

 心配そうな巴に笑顔で応える。
 この風貌からは到底有能には見えない。本当に人は見かけによらない。


「そうだ、先輩、私先輩にお願いがあるんです!」
「お願い? 私に?」

 不思議そうに広瀬が尋ねる。
 巴は両手を胸の前にやると、妙に可愛らしいおねだりのポーズでこう言った。


「先輩の事、静先輩って名前で呼んでもいいですか?」



 一瞬、口に入れたジュースを吹きそうになった。


「その方が仲良しだなー、って感じがしていいなぁ、って思ったんですけど。
 ……ダメですか?」


 だからその妙に可愛らしい仕草はヤメロ。
 そこいらの野郎ならイチコロではないかと思う。
 これに抗うのはちょっと至難の業だ。


「別に、構わないよ?」


 そして、その威力は別に男女は問わないのかもしれない。

 少し驚いた表情を見せた後に広瀬はにっこりと笑顔で彼女の要望を受け入れた。
 巴は大喜びではしゃいでいる。

「やったーっ!
 ミクスドは女テニとあんまり接点がないんで女子の先輩で親しい先輩っていないんですよね。
 静先輩みたいな先輩がずっと欲しかったんです」



 桃城は非常に複雑な思いでその様子を見ていた。
 自分が『桃城先輩』から『桃ちゃん先輩』に昇格したのはついこの間の事である。
 広瀬はまだ巴とであって1週間ちょいなのに。
 いや、まあ女子相手にそんな事を張り合う事自体馬鹿馬鹿しい事だと理性では理解している。

 ……理性では。



「赤月、いつまでサボってるわけ。
 さっさとこっちの準備始めるよ」

 模擬店ブース入り口近くでリョーマが呼ぶ声がする。
 慌てて巴は携帯を見た。

「え、あ、もうこんな時間!?
 大変だ〜!
 あ、静先輩、桃ちゃん先輩、それじゃ!」


 ぺこりと頭を下げると猛ダッシュでリョーマの方へと駆けて行く。


「おう、頑張れ」
「無理はしないんだよー」

「……」
「…………」


 巴がいなくなって、その場に走る沈黙。
 それを破ったのは広瀬だった。


「桃城くん」
「ん? なんだ?」

「ひょっとして、羨ましい?」
「……なっ!」
「だって、さっきの桃城くんの顔……」


 見ると、広瀬はクスクスと笑っている。




 …………。
 本当に。
 本っ当に人は見かけによらねぇ。


 以降彼女の前では言動に気をつけようと心に誓った桃城であった。







WEB拍手御礼として2006年1月20日〜2006年2月6日まで展示。

学プリに巴ちゃんがいたら、という妄想設定で学園祭の準備風景をちょっと覗いて見ました。
理性と感情は別物、ということで。
右往左往する桃は描いていて非常に楽しくてしょうがないですね。
私は静ちゃんのポジションで生暖かく巴ちゃん周辺を見守りたいです。←変態

2006.2.10.

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