喫茶店のテーブル配置図を練り直していた観月に近づいた少女が一人。
「観月さん、こんにちは!」
元気よく観月に声をかける。
「ああ、キミですか。こんにちは」
顔をあげて観月もまた愛想よく返事をする。
しかし、彼女―――赤月巴、という名らしい―――の姿を認めると、なぜか眉を軽くしかめた。
「? どうかしましたか、観月さん?」
やはり観月の様子に気づいた巴が、不思議そうに首を傾げる。
微妙に不機嫌そうな表情のまま、観月はこんな事を口にした。
「巴くん、そのスカート丈は少し短すぎませんか」
彼女とはスクールで練習を共にする間柄らしいが、察するに彼女の制服姿を見たのは初めてのようだ。
しかし端から見ている印象では彼女のスカート丈は言及するほど短いとは思えない。
今時これくらいの短さは平均と言えるだろう。
案の定、巴も怪訝な表情を浮かべている。
「そうですかあ?
こんなもんだと思いますけど。
大体、スコートだったらもっと短いじゃないですか。このくらい」
そう言うと巴は実際にスカートをスコート丈までたくし上げる。
短いと注意をくらっている最中だというのに、懲りない性格なのか人の話を聞いていないのか。
「と、巴くん!止めなさい!」
慌てた観月の声。
若干上ずっているのが動揺を如実に表している。
ここからは残念ながら観月の顔は見えないのだが、きっと赤面しているに違いない。
思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。
「えー、そんなに目くじらたてなくても。
いつもこのくらいは見てるじゃないですか」
「ひ、人聞きの悪い言い方はやめてください!」
憮然として観月が言う。
確かに人聞きが悪い。
その言い方は甚だしく誤解を招く。
おかまいなしに巴が続ける。
「大体、観月さん。
人の制服姿を見て第一声がそれって風紀委員じゃないんですから。
もしくは足しか見てないんじゃないかって思っちゃいますよ」
「な……!」
「ブフッ!」
何とか今度も耐えたのに、横が保たなかった。
自分たちとは違う第三者の存在を認識し、観月と巴の二人が黙る。
――ヤバイですよ、バレちゃいましたよ、赤澤先輩
――う、すまん……これはもう腹をくくるしかないだろう
ため息をつくと赤澤が観念して物陰から観月たちの前に姿を見せた。
あとに続いて静も。
彼女の姿に観月が呆れたような顔を見せる。
「……赤澤くんだけならともかく、広瀬さんキミまでですか?」
「う、すみません……」
実際には静は設営の手伝いに来たところをそのまま厨房の影に引っ張りこまれたのだが、盗み見盗み聞きしていたことに変わりはない。
一瞬赤澤が困ったような顔でこちらを見たが、気にしないように苦笑で返した。
「すいません、観月さん、赤澤さんとこちらは……?」
観月の怒りのオーラに気づかないのかノンキに巴が訊ねてくる。
ちょっと助かった。
「ルドルフの運営委員で2年の広瀬静です。よろしく」
笑顔で自己紹介した静に、あわてて巴も頭を下げる。
「あ、私青学1年の赤月巴です!」
そういって挨拶するとおもむろに観月に向き直ってこう言った。
「ほら観月さん、広瀬さんだって同じくらいですよ、スカート丈」
「いや、すまなかった」
謝りつつもまだ笑っている赤澤。
まったくもって、すまなそうではない。
「以前、お前があの一年生を利用しているような事を言っていたんで心配だったんだが……まったくの杞憂だったみたいだな」
安心した、と言う赤澤。
静には事情はわからないが、彼女が特別なのだろうことぐらいはわかる。
「観月先輩」
「……なんですか」
「制服姿、似合ってるって言ってあげればよかったんですよ。
そうすればきっと彼女、喜んだのに」
観月は何も答えない。
似合っていて、可愛かったからなおさらスカート丈が気になったんですよと言ってしまう程はまだ理性を捨てていない。
実際、五ヶ月あの格好だったのだろうし。
…………やはり、理性で感情を律しきる事は難しい。
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