左手に釘。 右手にトンカチ。
ゲーム用の機材を作るべく大工作業の真っ最中だった切原に、突然背後から素っ頓狂な大声が飛んできた。
「あーっ! 立海大付属の切原赤也……さん」
すんでのところで呼び捨てはマズイと思ったらしい。 振り返ると、髪の長い少女が立っていた。 青学の制服。
「誰、アンタ」
ちらりと少女を一瞥すると不機嫌に尋ねる。 危うく金槌で釘ではなく自分の指を打つところだった。 テニスに支障をきたしたらどうしてくれるというのか。 こんなお遊び企画の準備で怪我しましたなんて言ったら真田にどんな叱責を食らうか想像するのも恐ろしい。
が、相手の不機嫌は切原に匹敵、いやそれ以上かもしれなかった。
「誰、って覚えてないんですか!? こっちは切原さんのおかげでヒドイ目にあったんですから!」 「……なんか、したっけ、俺」
眉を寄せて考える。 見覚えもないような相手をヒドイ目にあわせた記憶なんてない。 いや、ちょっと待てよ。 なんだか、どこかでこの顔を見たことがあるような……。
「五月です。 五月にうちに来て手塚部長と試合させろって騒ぎ起こしたじゃないですか!」 「ああ、お前、あんときに偉そうにしゃしゃり出てきた一年か! ……っつーか、騒ぎは起こしてねぇぞ、俺」 「原因は切原さんじゃないですか! しかも自分だけちゃっかり逃げ出して。 こっちはあの後手塚部長にグラウンド30周……!」
握りこぶしを振るわせつつ言う。 よっぽどヒドイ目にあったらしい。 ……さっさと退散してよかった。本当に。
「お前、ミクスド? 名前は」 「はい、赤月巴です。 ……ところで、何作ってるんですか?」
なんて事を言いながら切原の横にしゃがみこむ。 どうやら言うだけ言ったら恨みは流れたらしい。 なんとも根に持っていたわりには単純というか。 ……こんな騒がしい部員がいたらさぞ青学も大変だろう、と自分のことをすっかり棚に上げて思う。
「あ、ゲームの屋台やるんでそれの機材作りだ」 「ゲーム……どんなのですか?」 「この的に、スマッシュを当ててビンゴを作る…まあ、テニス部員にとっちゃお遊び以外の何もんでもねぇな」 「へぇ〜、ちょっと面白そうですね」
なんて事を話していると、背後から怒号が響いた。
「切原! 何をサボっとるか!」
振り返ると、そこにはやはり予想通りの人物の姿が。
「げ。……真田副部長……」
怒りのオーラを放ちながら仁王立ちしている真田と、その横でおろおろとしている運営委員の広瀬。 思わず肩をすくめた切原を面白そうに見ていた巴だったが、飛び火は彼女の元にも来た。
「ん? お前は青学の赤月か。 自分の持ち場を離れて何を油を売っておる。たるんどる!」 「ひゃあっ! す、すいません! では!」
思わぬ叱責を受けて、巴が慌ててその場を立ち去る。
アイツが来るまではこっちだって真面目に仕事をしていたのだ。 くそ、赤月のせいで怒られるハメになったじゃねぇか。
彼女は、意図せぬところで意趣返しを果たした事になる。
「あはは、災難だったね、切原くん」 「まったくだぜ」 「ところで、今の子、誰?」
「知らねぇの? あれは、台風って言うんだよ」
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