伊武は非常に不機嫌だった。
常に不機嫌そうに周りには思われている節があるが、実際にはそうでもない事のほうが多い。 しかし今は真実不機嫌だった。
理由は他でもない。 学園祭などという氷帝の跡部の道楽につきあわされている為だ。
全国大会も近いと言うのにこんなバカげた企画。 他校もそれに乗っているというのがまた腹立たしい。 埼玉の緑山のように辞退するのが一番賢いやり方だろう。
しかし不動峰としては高額の賞金を出されると否とも言い難い。 暴力事件のこともあり不動峰は資金的に非常に苦労を強いられている為こういうチャンスは見逃せない。
なので、結局のところブツブツとぼやきながら準備にいそしむしか伊武に出来る事はないのだが。
「伊武さんっ! 相変わらず景気の悪そうな顔してますねえ。 不動峰の模擬店準備の調子はどうですか?」
背後からかけられた、伊武に言わせればどうしてこんなにいつも暑苦しく元気なのかと言いたい声に、眉を寄せて振り返る。 振り返る前からわかりきっていたがやはり巴だ。
「……悪かったね、いつも不景気で。 けど人の顔みるなりそれって失礼じゃないかな……自分こそ相変わらずいるだけで体感温度2度くらい上げてくれてるし……」 「あはは、すいません。つい本音が」
……それは、謝ってない。
「だいたいさあ、なんで青学なんかがこんな企画に参加してる訳? 別にこんなことに参加しなくたって部活運営資金に苦労してないくせに」
伊武に返した巴の答えは簡潔且つ明快だった。
「だって、楽しいじゃないですか」 「楽しい?」
怪訝そうに言う伊武に、巴は嬉しそうに頷く。
「はい! お祭りやその準備って楽しくないですか? 私大好きなんです」
到底それが青学の総意とは思えないが、確かに彼女はそういうものが非常に好きそうだ。
「ふーん……」
羨ましい性格だ、と思いつつ相槌を打つと、もう一つ巴が付け加えた。
「それに、他校の人の学校での様子が垣間見られるのも楽しいです!」 「は?」 「テニスしてる時以外ってこんな感じなんだ〜ってのが見られるじゃないですか」 「……ふーん」
それの何が楽しいと言うのか。 全く理解できない。
「例えば、伊武さんはこーやってボヤきながらも結構真面目に学園祭の準備をするんだなあ、とか」 「不動峰は人数が少ないからしょうがないじゃん。っていうよりホントにキミ、俺のことどういうヤツだと思ってるわけ……?」 「え、ホメたつもりだったんですけど」
どこがだよ、どこが。 と、その時暗幕を両手に抱えて神尾と運営委員の広瀬がその場に現れた。
「深司ー、暗幕持って来たけどこれどこに……って、アレ、赤月じゃねーの」 「神尾さん、こんにちはー」
神尾の姿を認めて巴が手を振る。 広瀬が見覚えのない巴の姿に、小首を傾げた。
「青学の方?」 「あ、はい、青学テニス部一年の赤月といいます!」
元気良く自己紹介をした巴に、笑顔で応える。
「私は不動峰の学園祭運営委員の広瀬です。宜しく。 楽しげに喋っていたところを邪魔しちゃって、ゴメンね。伊武くんも」 「……楽しげに喋っていた記憶はないんだけど」
覇気なく反論する伊武に、巴が口を尖らせる。
「えーっ! 私、楽しく話してましたよ? ……あ、もうこんな時間! 私もう行きますね!」
そして現れた時と同様に唐突にその場を走り去っていく。 と、思いきや急に立ち止まると振り返り、こう言った。
「それじゃ、また明日ーっ!」
彼女の口から聴くにはなじみのない言葉。 また明日?
……ああ、そうか。 これから当分学園祭準備で毎日顔を合わせることになるわけだ。 確かにこれは常にはない。
ってことは、顔を合わすたびにまたこうやって話かけてくるのかな。 人の都合もお構いなしに言いたいことだけ言って。
……まあ、別にいいんだけど。
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