本館で他校の偵察をしていた太一は、巴の姿を見つけるなり思わず大きな声をあげて呼びとめた。
「巴さん!」 「あ、太一くん」
振り返った巴が太一の姿をを認めて笑顔になる。
「他の学校の模擬店の偵察?」 「はい!山吹優勝の為の対策を練るです!」
実際にはどこに行ってもバレバレなので偵察の意味を成しているのかは疑わしい。
「そっかー。 でも、青学も負けないからね!」
明るく巴もいい返す。 偉そうに言っている二人だが、当然ながら最下級生の身では模擬店における発言権などないに等しい。
「っと、ゴメン。 乾先輩に呼ばれてれんだった。悪いけどもう行くね」 「あ、僕こそ呼び止めちゃってゴメンなさいです」 「それじゃ、また!」
そういって手を振って駆けていく巴の後ろ姿を見るともなしに見ていると、急に後ろから肩を叩かれた。 心臓が止まるかというくらいにビックリして振り返る。と。
「壇くん、今のダレ?」
「ダダダダーン! せ、千石先輩!いつのまにいたですか!?」
驚く太一に構わず、千石は再び同じ質問を繰り返す。
「まあまあ、細かいことはいいじゃない。 で、あの子どっかで見たことがあるような気がするんだけど……?」
ここらへんまで出てきてるんだけど、どうも思い出せなくて…と、首のあたりに手を当てて眉を寄せる千石。 深く考えずに太一はその質問の答えを返す。
「彼女は、青学のミクスド選手の赤月巴さんです」 「へえ、どおりで見たことあるワケだー。 都大会で亜久津と美咲ちゃんのペアに勝った子だよね」
ぽん、と手を打つ。 さすがにあれはインパクトのあった試合だったので千石の記憶にも新しいのか。
「しかし青学のミクスド選手ってカワイイ子ばっかりだよね。 手塚君、ひょっとして顔で選んでるのかな?」 「手塚さんは千石先輩じゃないですよ……」
そこまで言ってやっとある可能性に思いあたり、ハッとした。 千石が『カワイイ子』なんて事を言うとしたら、その後の行動は一つに決まっている。
「千石先輩、ひょっとして巴さんをナンパしようとか考えてるんじゃないですよね!」
掴みかからんばかりの勢いの太一に、千石は涼しい顔で答えた。
「うん。ダメ?」 「だ、ダメです! 絶対にダメですー!」
……面白い。 そんなことを内心で千石は思う。 当然ながらそれまでの言動も100%本気なのだが。
「壇くんの彼女なの?」 「いやまさかそんな!」 「じゃあいいじゃない」 「だ、ダメなんですってーっ!」
……これから数日の間、太一は偵察とは別の理由で青学ブースあたりをうろつくことになる。
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