「水着?」 聞き返す周助に巴がうなずいた。 夏休みに入ってから連日の猛暑である。 日々炎天下のコートで駆け回っている時の方が体感温度は高い筈だが、家で何もしていない時の方がじっとり蒸し暑く感じるのはなぜなんだろう。 人口密度の問題なのかもしれない。 「朋ちゃんたちと今度、海に行くからその時にね」 冷凍庫から出してきた氷を一粒、口に含む。 一気に冷たいジュースをあおるよりもこの方が涼が持続する。 「水着ならわざわざ買わなくても既に持っているだろう」 「……スクール水着でしょ」 「そうだが何か問題でもあるのか」 怪訝そうに言う国光は素である。 「問題ある! 今どき遊びに行く時までスクール水着の女子なんていないよ」 もっとも、今偉そうに国光に言っている巴も先日全く同じことを口にして散々朋香にバカにされたのだが。 それはとりあえずこの場では秘密である。 「あのなぁ、巴」 「何よ、武兄ちゃん」 薄笑いを浮かべた武がぽん、と巴の肩を叩く。 「あーいうのはな、資格がいるんだよ」 「は? 資格?」 「そう。 店で売ってるような水着は出るとこちゃんと出てないと……痛ぇ!」 「天誅!」 最後まで言い切る前に巴に結構力をいれて頭をはたかれた。 人は図星を突かれると怒る。 「いやでも、武の言うことはさておいても俺もどうかと思うな」 「秀一郎兄さんまで、なんで」 夏休みの宿題を片付けている最中だった秀一郎が手を止めて会話に参加する。 挙げ句、眉をひそめて言うことがこうだ。 「あんまり派手な格好なんかしてて、ナンパなんかされたらどうするんだ。 女の子ばかりなんだろう」 巴の目が半眼になる。 馬鹿馬鹿しい。 生活指導の教師の夏休み前の注意みたいだ。 心配性なのか贔屓目がすぎるのか。 おそらく両方だ。 「ないないない。絶対ない。大丈夫。 大体派手な水着買うなんて一言も言ってないから」 「地味でいいなら尚更学校指定のでいいんじゃないのか」 「お兄ちゃんはもう黙ってて」 いつもの事ながら過保護極まりない。 「……モエりんが正しいんじゃないのかなー」 「同感」 ひそひそと英二とリョーマが頷き合う。 うっかり聞こえて巻き込まれたらかなわない。一応体裁としては宿題をやっている風を整えている。 英二なんかは国光や秀一郎ほど身びいきで目が曇っているわけではないので、複数なんだから一目瞭然の中学生などナンパするような手合が相手にするわけないだろうと容易に想像がつく。 もっとも、三、四年したらわからないけど、と同時に思うあたり全く贔屓目がないとは言えないが。 「……巴、海に行くのっていつ?」 不意に周助が尋ねる。 そういえばここにもうひとり筋金入りのシスコンがいた。 「再来週の日曜日。 ……言っとくけど、ついてくるとか無しだからね!」 その手があったか、という顔をした国光を即座に巴が目で制する。 さすがによく分かってる、といいたいところだが国光はともかく周助はもう一枚上手である。 「まさか。 ただ、偶然ボクもその日リョーマと一緒に海に行く約束してるんだよね」 「……は?」 寝耳に水のリョーマが裏返った声をあげる。 そんな約束しているわけがない。 この暑いのにわざわざ海まで、しかも周助と二人って何の罰ゲームだ。 「そうなの?」 巴が疑わしそうにリョーマの方を見る。 んなわけないじゃん、と言いたい。言いたいのだが。 巴の死角から周助がリョーマをガン見している。 一言も発してないのに『口裏合わせないとどうなるかわからないよ』と言っているのがわかる。 顔面蒼白になりながらぶんぶんとリョーマはただ首を縦に振った。 気の毒に……。 一部始終を見ながらそう思ったのはおそらく英二だけではない。 「……向こうで見つけても、他人だからね! 声かけないでよ!」 「うん、もちろん」 不本意そうな巴に周助がにっこりと笑顔で応えた。 「なあ、巴が一緒に海行くのってあのよく部活見に来てる小坂田って子らだよな、英二兄」 「だねえ」 「だったらわざわざ周助兄が声かけなくても向こうからリョーマ見つけて寄ってくるんじゃねえの?」 「だからおチビを連れて行くんだろうねえ……」 武と英二はまるで示し合わせたかのようなタイミングでため息をついた。 「気の毒に……」 |