三人寄れば






 居間の襖が開き、巴が顔を覗かせた。
 誰かを探しているようだが、とりあえず室内にいた英二と武には目もくれない。


「英二兄ちゃん、秀一郎兄さんは?」
「さっき出てったよ。多分アクアショップだと思うけど」
「ん〜。じゃ、武兄ちゃん、薫お兄ちゃんは?」
「俺がアイツの行く先なんか知るわけねえだろ。
 けどまあ、ラケット持ってさっき出てたからコートにいるんだろ」


 反論する割にはバッチリ知ってる。
 巴は英二と武の回答に困ったように眉を寄せた。

「……コートに行ったんなら当分戻ってこないよね。
 周助お兄ちゃんもカメラ持って出かけてたから一日帰ってこないだろうし、貞治兄さんとタカ兄ちゃんも朝から出てる。リョーマくんは寝てるしなぁ……」

 要するに、今日は兄弟の大半が出かけている。
 何やらわからないが困っているらしい巴に、武が声をかける。


「なんかしらねえけど、俺じゃダメなのか?」

「え?」
「兄貴達に頼みたいことがあったんだろ?
 つーか薫の野郎でも間に合うなら俺でもいいだろ」


 対抗意識むき出しでいう武に、少し巴は視線をさ迷わせた後、意を決して口を開く。


「数学の問題でわかんないところがあるんだけど……」


 そう言って、左手に握った問題集を見せる。
 武の表情が、一瞬固まった。


「あ、別に急がないから!
 お兄ちゃんたちが帰って来てからでも全然」

 慌てて巴がフォローするが、それは逆効果だ。

「ふざけんな。俺の得意科目知ってるだろ。
 一年の数学くらいちゃっちゃっと教えてやるよ」


 確かに武は別に成績が悪い訳ではない。
 中でも数学は得意科目だ。
 それは巴もよーく知っている。
 ……テスト終了と同時に勉強した内容をきれいサッパリ頭の中から消し去ってしまうことも含めて、よーく知っている。

「大丈夫だっての!
 ほら、英二兄もいるんだし」


 不信感丸出しの巴に、ムキになる武。
 いきなり自分の名前が出て、我関せずとばかりにカルピンと遊んでいた英二がきょとんとした顔で二人を見る。


「……へ?」
「じゃ、はじめようか!」
「いや、忘れたってばそんな前にやったこと!」
「俺と1年しかかわんねえって」
「……本当に大丈夫?」


 とりあえず武が俄然やる気になってしまっているので、今のテーブルの上にノートと問題集を広げる。
 教科書を見直してみたり、解き方でもめたり。
 カルピンは退屈がってどこかに行ってしまった。






「…………で、この公式を使って、こうしたら」
「あ、そっか!」

 帰宅した周助が居間に入ると、三人が勉強なんてしている。


「あ、周助お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「ただいま。どうしたの、珍しいね」
「うん、今日は二人に教えてもらってたの。
 時間はかかったけど、いつもよりよくわかったよ」
「だろ?」
「当然!」


 巴の発言に、満足そうに英二と武が答える。
 三人で充分に考え込んで出した答なのでその経過が常よりも頭に入ったのだろう。
 ならば結果オーライという奴か。


「しかし、三人で一日がかりか」


 お茶を入れながら、国光が言う。


「……あれ、国光はそういえばどこ行ってんだ?」
「今日は一日自室にいたが」


 居間にやってきた時、巴は国光の事は何も言っていなかった。
 てっきり彼も外出しているものだとばかり思っていたのだが。
 自分達よりもよほど適任という気がするのに。


「巴、なんで国光兄に教えてもらわなかったんだ?」
「お兄ちゃんの教え方は、一番ヘタだから」



 即答。
 先程えらそうな発言をしていた筈の国光は、その言葉に黙って茶を飲んでいた。







ちなみに数学が得意科目なのはタカさんと武です。
まさか数学得意とは予想もしてなかったので知った瞬間この話書くのやめようかと思ったですよ……。
書きたかったんで書きましたが。
ヘタに頭のいい人は却って教えるのがヘタ、というのは現実に良くある話です。どこがわからないのかがまずわからない。

2009.6.5.

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