「やあ、二人とも今日は買い物か何か?」 スクールの帰り、周助と大通りを歩いていると、背後から声がかけられた。 振り向くと、こちらを向いて手を振っているのは佐伯だ。 「やあ、佐伯」 「こんにちは、佐伯さん! こんなところで会うなんて、珍しいですねー」 「うん、ちょっとこっちの方に用があってね。 せっかくだからブラブラとしていたら、二人の姿が目に入ったから」 「私たちはスクールに行ってきた帰りなんです」 巴が肩に下げているラケットケースを指し示す。 兄弟が十人もいれば大概誰かの手が空いていて、練習相手に事欠かないのは有り難い。 少し三人で雑談しながら歩いていると、本屋の手前で巴が唐突に立ち止まる。 「あ、今日月刊プロテニスの発売日だったよね! ごめん、周助お兄ちゃん、ちょっと待ってて! すいません、佐伯さん失礼します!」 言うが早いが駆け足で本屋の中に姿を消した。 その様子に、思わず佐伯が苦笑をもらす。 「相変わらず元気だなあ、巴は。 でも、休日に周助と一緒なところをみると、まだ彼氏とかはいないみたいだね」 「ははは、佐伯、不吉な発言はやめてくれるかな」 一見、にこやかな会話なのに、空気が一気に冷え込む。 「いや、でもそろそろ覚悟しておいた方がいいんじゃないの? いつまでもお兄ちゃんお兄ちゃんってついてきてはくれないよ。 他校の選手とも仲がいいって聞いたけど。近所だと不動峰の伊武君とか」 「学校が近いだけだよ」 「巴ちゃんだけはルドルフのスクール組の練習にも参加することがあるらしいじゃないか。 あそこの観月とかは?」 「絶っっっっっ対に嫌だな。全力で阻止するよ」 顔は笑顔のままだけど、目が笑ってない。 「この間、立海の切原君がわざわざ訪ねてきたって?」 「あれは国光に会いに来たんだよ。 大体、彼みたいな危険人物を巴に近づけるわけにはいかないな」 今の周助の目つきの方がよほど剣呑であるが。 「山吹の千石……は当然却下なんだろうね」 「当たり前だろ。問題外だよ」 「結局、誰でも気に入らないんだろう?」 「かもね」 「俺だったらどう?」 「…………佐伯、それ、本気?」 「さて、ね」 入ってきたときと同じように勢い良く巴が本屋から駆け出してくる。 「お待たせっ! ……あれ、どうかしたんですか、二人とも?」 二人の間に流れている微妙な空気に巴が首をかしげる。 この二人は仲がいいと思っていたのだけれど、この短時間の間に何かあったのだろうか。 「いや、別に? じゃあ俺はあのバスに乗るから」 悠々とその場を立ち去る佐伯が、すれ違い様に巴の耳に顔を寄せた。 「巴、過保護な兄貴達には言えないような相談事があったらいつでも呼んでくれていいからね」 「へ? あ、はい。ありがとうございます」 「ははははははははは、佐伯、それはどういう意味かな」 「さあ。じゃ、また」 軽く周助をいなして停留所に近づいてきているバスに乗るべく、歩を早めて去っていく。 残されたのは、イマイチ良くわかっていない巴と、内心複雑な心境の周助。 「……周助お兄ちゃん、二人でなに話してたの?」 「いや、別にたいしたことじゃないよ」 再び歩き出した時に、ぼそりと周助がつぶやいた。 「巴は、彼氏なんか作らなくていいからね」 「何いってんだか」 瞬時に一蹴した巴に、内心戦々恐々とする周助だった。 とりあえず、来週も予定は空けておこう。 |