「おはよう! ごめんリョーマ君ちょっとつめて!」 騒々しく階段をかけおりてきた巴がリョーマの返答も待たずに洗面所にぐい、と割り込んでくる。 文句を言いたいところだが、口に歯ブラシをくわえている状態では無理だ。 黙って横目で睨んでみる程度で我慢する。 どうせ巴は気付きもしないのだけど。 そう思いながら鏡ごしに巴を見ると、歯を磨きながら、巴もまた妙な顔でこちらを見ていることに気がついた。 「なに」 先に口をゆすいでから訊ねる。 「リョーマ君…」 「歯、磨き終わってからにすれば」 自分から尋ねておいて、こちらが言いかけたところで制された巴はむっとした表情をしながらも従う。 越前家において朝のトイレと洗面所は激戦区である。 のんきに話などしていたら怒られる。 うがいを終えて、コップを逆さにして棚にしまうと同時に口を開く。 「リョーマ君、背伸びた?」 「え!?」 思わず声が出る。 「だって、洗面所で並んでたらリョーマ君の寝癖が顔に当たるんだけどなんか、その位置が前より上っぽいから……」 「マジ!?」 予想外の巴の言葉にリョーマが常になくいい反応を見せる。 リョーマにとって身長は一番のコンプレックスだ。 兄達に常に見下ろされるのはともかくとして双子であるはずの巴よりも10cm以上も低いのは屈辱以外の何モノでもない。 「貞治兄さんっ!」 「おはよう。朝から騒がしいな」 「身長、身長測ってくんない!?」 「……は?」 朝一番に駆け寄ってきて真っ先に口にする言葉としてはおかしい。 新聞を取りに行っていた貞治は玄関口でいきなり末っ子二人に言われた言葉に首をかしげた。 「俺、伸びた? 身長!」 「と、言われても残念ながら今は測定具がないから正確な値は算定できないな。 しかし、まあリョーマは今が成長期なんだから少々伸びていても全く不思議はないだろう」 それほど必死になることでもない。 だがそれは貞治の価値観であり、184cmの彼に言われてもイヤミにしかならない。 今日は昼休みになったらまず真っ先に保健室に行って身長を測ってみよう。 そう思っているのがありありとわかるくらいにリョーマが浮ついているのがわかる。珍しい。 そんなリョーマに巴が若干不機嫌そうに言った。 「……行っとくけど、まだ私の方がずっと高いのは変わんないんだからね」 「あっそ。 けど、どうせすぐに追い抜くし。時間の問題なんじゃない?」 目の前でいきなり険悪になった双子に、貞治は溜息をつく。 巴よりも12cm低いリョーマのコンプレックスは当然だが、巴もまた、リョーマに対しては並々ならぬコンプレックスを抱いている。 いや、テニスでも成績でも若干の差をもってリョーマに追いつけないでいる巴としては身長は唯一の拠り所なのかもしれない。 睨みあった巴とリョーマは、やがて示し合わせたかのように同じタイミングで台所に走っていく。 「英二兄ちゃん、牛乳ちょうだい!」 「あ、ずるい、私が飲む!」 「朝から何を騒いでいる!」 国光の一喝が飛ぶが、それにも構わず奪い合うようにして牛乳を飲む二人を、不思議そうに周助が指差した。 「貞治、あの二人、どうかしたの? リョーマなんて普段あんまり牛乳飲まないのに、今日に限って」 実際問題、女子の成長期と男子の成長期のズレ、そして性差を考えても今後二年以内にリョーマが巴の身長を追い越す確率は100%と言ってもいいだろう。 しかしそれを貞治は言わない。 これから巴の身長が伸びないとは言い切れないし、あと少しの間くらいは確実に巴の方が優位に立てるのだから、わざわざ水を差すことも無い。 「そうだな。 カルシウムを効率よく摂取する為には牛乳だけでなく小魚をとる方がいい」 そう言ってカルピン用の煮干袋を手に取った貞治に、周助は「そういう問題なのかな…」と首をかしげた。 |