「あれ? 何してるの?」 巴が居間に入ると、写真とアルバムの山の中心から周助と秀一郎が巴に軽く手を上げてみせる。 「写真がまた大分溜まって来たからアルバムに整理をね」 「ああ、もうそんなに撮ったんだ」 秀一郎の言うところのアルバムは小さなポケットアルバムではなく立派な表紙のついた大きなアルバムである。 カメラが趣味の周助のせいか、もともとの家族の特性か、越前家は家族写真をよく撮る方だ。 結果ポケットアルバムでは収拾がつかなくなるので、ある一定以上の量になるとこうして秀一郎と周助が整理して大判のアルバムに仕舞う。 「もっとも、英二は作業に参加している訳じゃないけどね」 笑いながら周助が指し示した先では寝転がった英二が愉しげにアルバムの一冊を眺めていた。 指摘を受けると顔をあげ、頬を膨らませて反論する。 「なんだよー、『手伝おうか』ったらいいって言ったのは周助たちじゃんか」 その言葉に秀一郎が少し困ったような顔をする。 「しょうがないじゃない。英二兄ちゃんは雑だもん」 バッサリ。一刀両断。 しかし英二も黙ってはいない。 「巴にだけは言われたくないぞ。 なあ秀一郎、周助。モエりんにだったら手伝わす?」 「……出来れば二人ともそこでアルバムでも眺めててくれればありがたいかな……」 偽らざる本音というやつである。 先ほどの英二そっくりに頬を膨らませた巴だったが、気を取り直して先ほど英二が眺めていたアルバムを手に取る。 台紙を増やせるタイプのアルバムではあるが、すでに限界ギリギリまで台紙が継ぎ足されている。 「随分古いの、見てるんだね」 開くと、そこに写っているのは小さな自分。 2〜3歳くらいだろうか。 小さな巴が他の兄弟にまとわりついている。 「あーあ、この頃はモエりんも可愛かったのになあ」 「ほっといてよ。英二兄ちゃんだってお互い様じゃない」 「ほらこれだ。『お兄ちゃんのお嫁さんになるー』とか言ってたくせに」 「……なにそれ?」 英二の言葉に、巴は目を丸くした。 さっぱり記憶にない。 「覚えてないの? うっわー、ヒドい奴〜!」 大げさに言う英二に、首をひねって考えてみるが一向に記憶は蘇らない。 「本当にー? 英二兄ちゃんのホラじゃなくって?」 「じゃあ、秀一郎に訊いて見ろよ」 いつになく、自信満々の英二に、少し不安になりながら秀一郎の方を見ると苦笑された。 「ハハ、巴は覚えていなくてもしょうがないよ。まだ二歳だったんだから」 「……てことは、本当……?」 困惑気味の表情を浮かべる巴をみて秀一郎は、ああ昔と同じだなぁと思う。 「ともえね、おにいちゃんのおよめさんになる」 始めにそう言われたのは秀一郎だった。 一体何処で『お嫁さん』なんて単語を耳にしたのやらは知らないが、随分嬉しそうに秀一郎の傍に駆け寄ってきてそう告げた。 当然、収まらないのは他の兄弟である。 「えー、しゅーいちろー? おれは?」 次々に訊いてくる。 何もわかっていない巴は、屈託のない笑顔でこう言った。 「みんなのおよめさんになる!」 「バッカだなー。 にいちゃんたちみんなのおよめさんにはなれないんだぞ?」 「そうなの?」 「そうだよ。 だから、ともえだれか1人えらばなきゃ」 「うっわー、ヒドいのはお兄ちゃんたちじゃない! そもそも『兄妹は結婚できないんだよ』って教えてくれればよかったのに!」 「ホラ、僕らも子供だったからそこはわからなかったんじゃないかな。多分」 10年以上前の事に新鮮に怒る巴。 周助の発言にはイマイチ疑念が残るが、とはいえリョーマいくら責められてもとっくに時効というヤツである。 「……で、結局、私は誰って答えたの?」 「当ててみな」 「えーっ、ずるい、教えてよーっ!」 示し合わせたわけでもないのに、他の兄も教えてくれそうにない。 答えの代わりに、秀一郎が言った。 「今なら巴は、どう答える?」 「え……?」 兄弟の中から、たった一人を選ぶなら。 誰を選ぶ? 真剣に悩みそうになった巴だったが、はたと一つの事実に思い当たる。 「だから、選ぶ意味ないじゃない!」 「あ、気づいちゃった」 「案外するどいにゃ」 「もぉーっ!」 と、ふすまが開いてまた一人居間に入ってくる。 「巴うるさい。 ……うわ何コレ。足の踏み場ないじゃん」 「リョーマ君。 あ……わかった、さっきの答え」 「は?」 リョーマの顔を見て、何かに気付いた巴が兄たちの方に向き直る。 「リョーマ君だ。 お兄ちゃんみんなのお嫁さんにはなれないから、お兄ちゃんじゃないリョーマ君って言ったんだきっと私」 答えは、兄たちの表情を見れば明らかだった。 「正解」 「へぇ、よくわかったね」 「2歳の時から思考回路がおんなじなんじゃないの?」 やっぱり当たりだ。 そこに、リョーマが口を挟む。 「……何の話かしらないけどさ。俺もお前の兄貴だよ」 「なに言ってんのリョーマ君! 私の方が上に決まってんじゃない」 「お前こそ何言ってんの?」 末っ子二人がいつもの口論を始めたのを皮切りに、秀一郎と周助も作業に戻る。 春の写真を一枚手に取りながら、ぽつりと周助が呟いた。 「でも、あと何年かすれば巴も本当に誰か一人を選ぶんだろうね」 それこそ、兄弟の中なんていう狭い枠の中でなく。 「そうだな。でも、まだまだ先じゃないのか?」 「だね」 秀一郎の言葉に、軽く微笑むと周助はその手に持った一枚の写真を台紙に貼り付けた。 |