ホントの理由。






 玄関に鎮座する、少しくたびれた黒い革靴。
 家人のものではありえない。

 越前家に革靴を履く人間はいないからである。


 この靴を見て、国光はもうそんな時期か、と思う。
 貞治は想定との誤差を計算する。
 秀一郎、隆、薫、リョーマは今夜の惨状を思ってうんざりする。
 英二、武はそもそも帰宅時に玄関口の靴なんて目に入っていない。
 周助は眉をひそめ、巴は。


 期待に胸を踊らせつつ靴を脱ぐのももどかしい様子で居間へかけこんだ。


「おー、威勢いいな」

 勢いよくふすまを開けた巴を出迎えたのは、父南次郎と

「お帰り、巴」

 その親友京四郎だった。
 自分の想像した通りの顔を確認して巴が嬉しそうに笑う。

 巴は、京四郎に非常に懐いている。
 中学時代に南次郎の同級だったという京四郎は現在はスポーツドクター兼トレーナーであり、巴はよく知らないがそれなりの地位を築いているらしい。
 そして彼は学会やなにやらのついでに越前家に立ち寄っては夜通し酒盛りをしていく。
 秀一郎達が辟易するのはそこである。

 ちなみに彼が越前家に立ち寄るのにはもうひとつ、国光が以前傷めた肘を診察するという目的がある為、兄弟も強くは出られない。
 そうでなくとも一流のトレーナー。
 全員なんらかの形で世話になっている。

 さすがにまだ日が高いので酒は入っていない。
 しかし京四郎の横に置かれたカバンの大きさを見て今日は泊まりだ、と確信した巴は一安心して着替えの為に自室に行く。
 もしこれが小さな日帰り用のカバンだったら着替える間ももったいない。





「おじさん! 聞きたいんだけど」

 威勢よく居間に戻ってくると脇目もふらずに京四郎にかけよる。
 同じ空間にいる家族なんて目にも入っていない。

「ん? なんだ」
「この間教えてもらった足首のマッサージなんだけど、なんかうまくいかなくって」
「どれ、力の加減か……あー、薫」

 名指しで呼ばれた薫が不承不精寄っていく。
 彼を座らせると足を伸ばさせ、軽く足首に手をかける。

「おかしなところに力がいかないように、ゆっくりと」

 さすがにプロだ。
 薫が指名されたのも彼が普段足を酷使しがちなのをわかっているからだ。
 驚くほどに足が楽になる。

「しかし巴は熱心だな。トレーナーにでもなるつもりか?」

 ぎこちない巴のやりようを見ながら何気なく京四郎が言うと、巴が笑顔で頷いた。

「うん、おじさんみたいなスポーツドクター兼トレーナーになりたいなって」
「え、巴、それ本当?」

 そんなことはついぞ聞いた事がなかった周助が驚いて尋ねる。
 他の兄弟だって初耳だ。

「うん」
「なんだなんだ。
 素敵なお父様みたいなプロテニスプレイヤーになるんじゃなかったのか」



「テニスプレイヤーにもなりたいけど、お父さんの現役時代なんて憧れようにも記憶にないもん。それに――」





 二年前の、国光の肩の負傷。
 あの時みたいに何も出来ずにただ見ているだけはもう嫌だ。
 捻挫や痙攣などの小さい故障なら日常茶飯事。
 なら、その折々に少しでも力になりたい。


 そんな真意は口にせず、巴はただ笑った。


「『それに』、なに、巴?」
「んー、京四郎おじさんのが格好いい」


 へらっとそんな事を言った巴に南次郎は面白くなさそうに口を尖らせ、京四郎は満面の笑顔で巴の頭をくしゃくしゃになでた。

「巴はいい子だなぁ、見る目がある! 
 どうだ、大きくなったらうちに嫁にこんか?」
「ダメっ! 絶対ダメ、あげないっ!」


 京四郎の台詞に、即座に英二が反論しつつ巴の腕を引っ張って引き離す。
 行動したのは英二だが、今の一瞬で兄弟全員が反応した。







 それがあんまりにもあからさまで、京四郎は声を上げて笑った。







巴ちゃんの初恋は京四郎です。
周助が眉をひそめたのはそれを知っているからですよ、と中で書きそびれた設定をここで言ってみたり。
ちなみに京四郎の言った「うちに」とは「うちの隼人のところに」の意であって別にロリコンなわけではありませんので悪しからず(笑)。
おかしいのはここの兄弟だけで十分です。←暴言

2007.3.2.

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