自分らしく、自分のために。






「99……100! 素振り、終了!」

 部活中、一息ついた巴の側に、隆が近づいてきた。
 なんだか心配そうな顔をしている。
 ごまかすように巴はことさら元気な声を出した。

「タカ兄ちゃん、どうかした?」

 それには答えず、隆は巴の額に手をやる。
 そして軽くため息をついた。

「やっぱり。
 お前、熱があるだろ」

「え、気のせいだよ。
 素振りして身体があったまってるから熱く感じるだけだって!」

 苦しい言い訳を試みた巴だったが、普段ならまだしもこういう場面では隆が容赦してくれる筈が無い。
 すぐに腕を掴まれ逃げを封じられる。

「じゃあ、貞治に聞いてみよう。それなら確実だろう?」



「38度2分。
 巴の平熱は36度5分だがそれをわざわざ参考にするまでもない数値だな、これは」

 体温計を手に貞治が言う。
 どうして体温計がすぐに出てくるのかなどと聞くのもバカバカしい。

「部活が終了するまで保健室で寝ていろ。
 終わり次第、迎えに行くから」

 国光がそう宣言する。
 一人で帰らせるには少々心もとない。
 かといって兄弟の誰にも部活を休ませるつもりはない。なんともらしい結論だ。

「巴、保健室まで付き添うよ」
「あ、ちょっとまって周助」

 珍しく、周助を引き止めたのは、隆だった。
 少し不審気な顔をした周助だったが、隆が黙って頷くと、その場は引き下がった。


「……じゃ、巴はお願いするよ隆」
「さあ、隆以外は練習に戻れ。解散!」


 さすがに、他の兄も公私混同はしない。
 すぐに各自練習に戻り、部室に残ったのは隆と巴の二人だけになった。



「じゃ、行こうか」

 巴を連れて、保健室に向かう。
 熱の高さを思うとおぶっていく方がいいとは思うが、巴が嫌がるだろうから足元に不安を感じない限りは言い出さない事にした。
 現状、少しゆっくりで少しふらついてはいるが横で支えられるレベルだ。

「ゴメンね。タカ兄ちゃんの練習時間、減っちゃうね」
「そんなこと気にしなくていいって。……あー、その、さ、巴」
「うん?」


 顔をあげてこちらを見上げる。
 熱で火照っている。

 会話をさせない方がいいんだろうとは思うが、これだけは言っておきたかった。



「あんまり、焦らない方がいいよ」



 兄弟妹の中で一人だけ非レギュラー。
 それがプレッシャーになっているから無理をしたがるのだ。



「気持ちはわかるけど、それで成果があがる訳じゃないし。
 ……俺だって、今年に入るまでレギュラーになれなかったんだしさ」

 最後の隆の台詞に、巴の顔がさらに赤くなる。
 これは熱のせいじゃない。羞恥だ。


「ごめんなさい。私、調子に乗ってた……」
「いや、謝らなくてもいいよ!」


 誰よりも、巴の気持ちがわかるから言うのだ。
 同じ年の兄弟があっという間にレギュラーを勝ち取って行くのに自分だけが取り残されていく焦燥感。
 それほど表向きには出さなかったが、3年でレギュラーになるまで嫌というほど味わった。


 なまじ兄弟が優秀なばかりに周囲が寄せる期待は大きい。
 だから巴が同じ思いをしているのが苦しい。


「熱が下がったら、俺で良ければ練習、付き合うからさ。
 今度は自分の為に自分の好きなテニスをすればいいよ」

 そう告げると消毒薬の臭いのするベッドに巴を寝かせ、隆が去っていく。



 一人残されて、高い天井の白いマス目を眺める。
 辺りは静寂。
 遠くで微かに部活中の生徒の声が聞こえる。


 なんだか、はじめて一人部屋で寝た時の落ち着かない気持ちを思い出す。


 それにしても、今日はバカな事しちゃったな。
 素直に部活を休んで家に帰っていれば迷惑はかけずにすんだ。
 ……心配はどっちにしろかけたんだろうけど。

 タカ兄ちゃんの言う通りだ。
 焦ってる。
 あの先輩たちの妹なのに、リョーマくんの双子なのに。
 そう言われるのが嫌で、せきたてられるような気分で練習してた。
 テニスが好きだという気持ちをどこかに忘れていた気がする。



 そうだよね。
 私は私なんだから、お兄ちゃんやリョーマ君にはなれないんだから自分のペースでやっていけばいいんだ。



 そう決めたら、すっと気が楽になった。
 自分はタカ兄ちゃんに助けてもらったけれど、タカ兄ちゃんは一人で誰にも迷惑をかけないで解決したのかな。
 今となっては過去の事だけど、それが少し気になった。

 巴はその頃、何も気づけなかった。
 せめて他の兄弟が気づいてくれていたのならいい。



 そんな事をつらつらと考えているうちゆっくりと睡魔が襲ってくる。


 うん、もう寝よう。
 あと数時間したらお兄ちゃん達が迎えにきてくれる。


 ああ、早くテニスがしたいな。

 今度は脅迫観念なしで純粋にそう思う。



「おっまたせ〜、モエりん!」
「英二、保健室なんだから静かにした方が……」
「こんな時間だし、いいんじゃないの?」
「リョーマ、そういう問題じゃねえだろうが」

「すいません、先生。巴の具合はどうですか?」
「……よく寝てんなあ。顔色も、よくなってんじゃねーの?」
「ふむ。測定をしていないので断言はできないがもう問題はなさそうだな」

「巴、帰るぞ」
「起きないね。……まあ、無理に起こさないでも、おぶって帰ればいいか」
「そうだな」


「まったく、幸せそうな顔で眠っちゃって……人の気も知らないで」







この場合、タカさんおよび巴が感じているプレッシャーはあくまでレギュラーが全員兄弟、というところから派生しているものであって
原作のタカさんとはまったく関係ないので悪しからず。
…なんだこの予防線。

今回はタカ兄ちゃんメイン。
タカさんが周助に巴を送らせなかったのは天才周助では巴ちゃんの根本原因は解決しないという判断によるものです。
しかし巴は結局最終的にはおんぶで帰宅ですね(笑)。
誰がその役目を担ったのやら。まあとりあえずリョーマはないな……。

2007.1.7

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