「お兄ちゃんっ! 借りてた英和辞書……アレ?」 勢いよく部屋のドアを開けた巴が、室内を見渡して首をかしげる。 とは言っても巴の部屋ほどではないにせよこの部屋だって見渡さなければならないほど広くない。 学校で返し損ねた英和辞書を国光に返そうとしたのに中にいたのは秀一郎一人だったからだ。 「どうかしたのかい?」 部屋で一人本を読んでいた秀一郎が顔をあげて尋ねる。 基本的にこの家の兄弟妹たちは自室より居間に集まっている事の方が多いがこの部屋の主、秀一郎・貞治・国光の三人は他の兄弟妹に比べ比較的自室にいる事が多い。 「うん……秀一郎兄さん、お兄ちゃん知らない? 居間にもいなかったんだけど」 「国光ならさっきラケット持って出て行ったからコートじゃないかな」 そう言って外を指し示す。 「そっか。 借りてた辞書、返しに来たんだけど机の上に置いててわかるかな?」 手に持っていた辞書を掲げて尋ねる巴に秀一郎は頷いた。 「ああ。大丈夫。ちゃんと伝えておくよ」 「よろしくー」 「ところで、巴」 「なに?」 「前からちょっと疑問だったんだけど、どうして国光は『お兄ちゃん』なんだ?」 不意の質問に首をかしげて考えこむ。 そういわれてみればそうだが、意識した覚えが全然ない。 「なんとなく、いつの間にか気がついたらそうなってたけど。なんで?」 「いや、ちょっと聞いてみたかっただけ」 「ふーん? じゃ、失礼しまーす」 再びドアを開き巴が出て行く。 秀一郎は、一時中断して傍らに置いていた本を再び手にとり、小さく呟いた。 「長男は俺なんだけどなあ……別にかまわないんだけど……」 |