「周助お兄ちゃん! 相談があるんだけど」 帰宅するなり一目散に周助のところに駆け寄った巴に、他の兄弟も何事かと注意を向ける。 が、当の周助は落ち着いたものだ。 「おかえり、巴。 とりあえずまず制服を着替えてきたら?」 そう言うと、あっさりと居間から巴を退散させる。 「なんで、周助ご指名なんだよー」 「でも、相談ってなんなんだろうね」 「周助、心当たりはあるのか?」 巴の姿が見えなくなると、他の兄弟が一斉に周助に詰め寄る。 が、周助にだって別に心当たりがある訳ではないのだが。 やいのやいのと言ってくる兄弟を躱し、戻ってきた巴を連れて居間を出る。 「なんの相談かは知らないけど、他の兄弟には聞かれたくないのかな、と思ったから」 「うーん、そうかもしれない。じゃ、私の部屋でいいかな?」 そんな台詞が洩れ聞こえた。 俺たちには聞かせられない話? なのに周助には出来る話なのか? 聞き捨てならない。 少し遅れて帰宅した薫は、廊下に他の兄弟が重なりあうように一箇所に集結しているのを見て眉を寄せた。 見紛うべくもない。 あの部屋は巴の納戸部屋だ。 「兄さんたち、一体何を……」 「しーっ!」 何事か言う前に瞬時に口を塞がれ引き寄せられる。 なんだというのだ。 扉の向こうから周助の声が聞こえてくる。 「で、相談って?」 続いて、巴の声。 「うん、それがね、今日、その……ラブレターもらっちゃって」 飛び込んできた単語に耳を疑った。 が、間違いではない証拠に横で武が大声で復唱した。 「ラブレタぁ!?」 「あっ、バカ武!」 今の大声はごまかしようもない。 すぐさま部屋の扉が開く。 元々納戸だった巴の部屋は狭い。 逃げる間もなく眉をつり上げた巴が姿を現した。 眉が吊りあがっている。 「なんで皆で盗み聞きなんてしてるの! 信じらんない、最低!」 怒りに満ちた巴の大声が家中に響き渡る。 「すまない、つい出来心で……」 「それより巴、今の話は本当なのか」 素直に謝ろうとした秀一郎の言葉を遮り国光が巴に詰め寄る。 巴の眼が、半眼になる。 末っ子の筈であるが、この家で一番の実力者は実質巴なのではないかと思われる一瞬である。 「それより……? お兄ちゃん、反省の色がない」 「お前が心配をかけるようなことのない妹だったらこんなことはしない。 だがお前は目を離すと何をしでかすかわからんだろう」 しかし表向き兄弟で一番の権力者とされている国光も引かない。 明らかな詭弁だ。 しかし国光が言うと妙に説得力があるように聞こえるのだから不思議というほかない。 「大体、なんで周助ならいい訳さ?」 すかさず英二が口をはさんで責任の所在をうやむやにする。 故意か否かはなんとも言えないがこの連携は大したものである。 「だって、英二兄ちゃんや武兄ちゃんはすぐそーやって騒ぎ立てるじゃない。 リョーマくんは相談に乗ってくれそうもないし、残りのお兄ちゃん達はそもそもこういう相談事に向いてない!」 さすがによく分かっている。 確かに武や英二は問題外だし、隆や秀一郎、薫にこんな話題をふっても固まられるのが関の山だ。 しかしだからと言って周助が適任なのかと言われるとそれも甚だ疑問であるが。 「なんだ、ボクを信用してくれてるからじゃなかったんだ。残念だな」 そんなことを言って周助が大げさにため息をつく。 彼自身は唯一盗み聞きに関与していないので気楽なものである。 「とにかく、その不心得者は誰だ、巴?」 「……てか、物好きでしょ」 名前を告げた途端に闇打ちに赴きそうな勢いである。 兄達の影に隠れて見えていなかったがリョーマまでいる事に気がついて巴は呆れ混じりのため息をつく。 「教えるわけないじゃない、そんなこと。 お兄ちゃん達は何するかわかんないし、そもそも相手に失礼だよ」 「いや大体ラブレターだなんてまだ早い!」 「……自分だって何年も前からもらってるくせに。リョーマくんだってもらってるよ」 冷静な巴の台詞に言葉を詰まらせる。 もらっていないと言い張ることも出来ない。 別に見せびらかしているわけではないが女子に託されてラブレターを持ってくるのは他ならぬ巴自身なのだ。 ごまかしようがない。 「自分たちのことは棚に上げて人の事は邪魔ばっかりするんだから。 さくらぐみの時に仲良しだったケンちゃんだってお兄ちゃんたちが……」 「そんなことあったか?」 首をかしげる秀一郎に「巴が五歳の6月の頃だな」と貞治が解説する。 それを聞いてぽんと英二が手を打つ。 「ああ、思い出した! 巴と手つないで歩いてたからって武が傘振りまわして泣かしたんだ」 「ずっりい! ありゃそもそも英二兄がけしかけたんじゃねえか!」 そだっけ? と英二があさっての方向に目線を向ける。 都合の悪いことは忘れているらしい。 しかしそんな古い話をしっかり覚えていて引き合いにだすあたり巴も相当執念深い。 「とにかく! そうやってお兄ちゃんたちに邪魔され続けてたら私一生彼氏も出来ないよ」 「彼氏って、その手紙のヤツと付き合うつもりなのかい!?」 巴の言葉尻を捕らえて隆が動転した声をあげる。 ラケットさえ持っていなければ兄弟の中でも良識派の隆でさえこれだ。 始末に終えない。 「付き合わないよ! もう、邪魔しないで! 散開!!」 この言葉を最後に、再び乱暴に扉を閉じた。 「で、結局のところボクに何を聞きたかったのかな」 やっと一段落したところで周助が口を開く。 なまじっか人数が多いのですぐに脱線して本題がうやむやになりがちなのはこの家の特徴だ。 「あ、うんそうそう、周助お兄ちゃんに教えて欲しいんだけど、こういうのってどうやって返事したらいいのかな? やっぱり直接顔を見て返事した方がいいのかな。 でもあんまりよく知らない相手だから、手紙でもいいのかなぁ、って思って」 困ったように巴が言う。 付き合う気はない、と先ほど言っていたが返事だけはするつもりらしい。 そこまでしてやる必要もないのに、と思うが青学ではすでに有名であろう越前家の兄弟に厳重にガードされている巴に手紙を渡す事が出来たという点だけは評価してもいい。 誰だかは知らないが。 それこそ誰か知ってしまったらなにをやらかすかわからないのは周助も同様である。 「……好きにしたらいいと思うよ。 直接でも、手紙でも。 返事をする必要自体、別にないんだよ?」 個人的には最後の選択肢を押したい。 「そっか。 じゃ、やっぱり手紙にする。 これだけの事に手間かけさせちゃってゴメンね」 「しつこいようだけど、付き合う気は本当にないんだ?」 念を押すように尋ねた周助に巴がこっくりと頷く。 「うん。 さっきも言ったけどあんまりよく知らない相手だし、第一今はテニスの方が大事。 ……あー、でもこんなこと言ってる間に縁がなくなっちゃったりしてね」 苦笑する巴に、にこりと周助は微笑んだ。 「大丈夫、その時はこの家でずっと養ってあげるから」 「あははは、そんなこと言ってたら将来後悔するよ?」 「後悔なんてしないよ、絶対」 笑って言う巴に、そう答えると部屋を出るべく扉に手をかける。 途端、複数の駆け去る足音。 「…………」 「……お兄ちゃんたちっっ!!!」 またも巴の怒声が響き渡ったことは言うまでも無い。 |