青学は大好きなんだけど、それでもたまに何で青学に入っちゃったんだろうとも思う。
河川敷に来てしまうと、特に。
あの人達━━━不動峰が練習している場所。
あそこへ行けば、私はいつもより心が躍る。一緒に練習すればとても楽しい。
特に彼に、伊武に会うとどうしてだろうかいつも心が浮き立つ。
朋ちゃんはそれが恋だと言うけれど、そうかも知れないし違うかも知れない。
自分自身よく分かっていない。
だって、ライバル校の生徒だし、リョーマを窮地に陥らせたし。
無愛想で、なんだかいつもぼやいてばっかりだし。
いろいろと言い訳を頭の中で繰り返す。
好きなら好きでもいいけれども相手の立場を考えると何となく後ろめたい。
でも、不動峰が棄権負けしたあの試合。
偶然にもコートから背を向けて去っていく彼らを見てしまった。
目を惹き付けられてしまった。
いっそう目を惹いたのが伊武深司で。
普段表情を隠した彼から滲み出る悔しさの表情が印象的だった。
あの無愛想さはクールの表れかと思っていたけれども、
その表情ときたら情熱を前面に押し出していた。
熱い血を普段見えない表情の裏に隠している事を知ってしまったら
何だか背筋がゾクゾクして、どうしても今以上に彼の事を知りたくなってしまった。
それから河川敷通いが増えてしまったのは言うまでもない。
「最近伊武君って練習時間前から河川敷のコートで練習してるみたいよ」
明るくていかにも元気なお姉さん然とした橘杏が電話による雑談の中でさらりと重要な事を教えてくれたのは1週間前の土曜日の事だった。
杏はまだ巴の気持ちには気付いていないようだったが、
折に触れては不動峰メンバーの情報を教えてくれる。
大変な問題児達に手を焼いている保母さん達が問題児の情報を共有するみたいなものなのだろう。
巴はそんな経験は全くないけれども、それに近い気がする。
それはともかくとして、翌日日曜日には早速早めに河川敷を訪れてみた。
しかし、伊武どころかいつもの時間になっても誰も来る事がなく酷く落胆してしまった。
『今日はキミが紹介してくれた不動峰と合同練習ですよ』と聖ルドルフの観月がメールをよこしたのは1時間ぐらい待ちぼうけた頃だっただろうか。
「さあ、今日こそリベンジだ!」
そう拳を挙げて再び訪れた日曜日の朝、また河川敷のコートにやって来ていた。
気付くと今日は誕生日だった。
せっかくの誕生日だというのに、今日は何の予定もない。
越前家は出掛けてしまって誰もいない。
寂しい事だけれども、逆に考えると何の制約もなく1日を使えるという事だ。
朝早めに家を出ても誰も咎めないということだ。
伊武と一緒にいる時間が普段よりも長くできるかも知れない。
誕生日を伊武(と不動峰メンバー)と過ごせるのって結構嬉しいかも知れない。
うきうきとコートに入った。
入って気がついたのだけれど、そう言えば伊武が来る時間を自分は知らない。
杏にでも訊いてみれば良かったのだろうが、それで自分の想いが知れるのも気恥ずかしい。
しばらく身の置き所がなくキョロキョロと周囲を見渡してみると、そこにはバケツが置いてあった。
「よ〜し、待っている間に小石拾いでもしてようかな」
普段このコートにお世話になっている身だ、これぐらいはしてもいいだろう。
黙々と最初の目的もきれいに忘れながら作業に没頭する。
「なんで、そこにいるわけ?」
突如自分の周囲に影が出来た、
慌てて見上げるとそこには待ちかねていた人物が。
彼は何故か微妙な顔をして「…………もしかして小人さん?」などと言っている。
見上げた先の空の青さと伊武とのコントラストがなかなか好みかもと思いつつ。
巴はなんとなく今日は良い誕生日になりそうな予感を覚えた。
この先の自分たちに期待しながら。
END
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