Throbbing Word








「全く、君ってそういう所が素晴らしいよね」

目の前でニコニコしている巴を見て、脱力しながら伊武深司はボヤキに入る。

 ……まったく……自分のこととなると全く鈍感で……ある意味幸せなことだよね。
 …幸せ、幸せ、あーあ、ホントむかつくって言うか、そのオメデタさはいったい何な訳?

「そうですか?ありがとうございます…一応褒めてるんですよね…?」

 …は?褒めてないよ、全然。
 …「ありがとう」って意味わかんないから。それ、喜ぶところじゃないし。
 …あーあー…なんでそんな笑顔してるんだよ。
 …ぶっちゃけ「おかしいんじゃない?」って言ってるんだよ。
 …なんていうの?君のこと貶してるんだけど?
 …だいたいさあ、俺からの電話で開口一番、「今日は河川敷のコートですか?」って
 …俺、そんなに毎日毎日練習のことしか考えていない訳でも無いし。神尾じゃあるまいし。
 …ああ、神尾は杏ちゃんのこととリズムのことも考えてたっけ。まあいいや。
 …それとも何?俺は練習のことについてしか君に電話しちゃダメってこと?
 …分かったよ、これからは練習のことについてしか君に電話しないよ。
 …君にとっては俺なんてただの練習相手だもんね。
 …学校も違うし、練習相手として以外の価値なんて俺にはないもんね。
 …君の今の態度でよーーーくわかったよ。あーあ、なんて俺ってば可哀想なんだろ。

「…深司さん…?」

 …どうせ、同じ青学連中とつるんでる方が楽しいんだよね。ムカつくなあ。
 …今日呼び出しに応じたのだって「面倒だけど行ってやるか」くらいの気持ちなんでしょ。
 …何のために呼び出したか、なんて全く分かってなかったクセに。

「まあ、それはそうなんですけど…」

 …もっとも、今も分かってないみたいだけどね、それもどうかなあ?
 …普通さ、誰だって理由ぐらい考えるだろうし、簡単に思いつくと思うんだけどね。
 …君のそう言う部分さ、いっつもどうかと思うんだけどね、俺は。
 ………練習相手の俺になんか言われたくもないだろうけど。
 ……………………そういう所が嫌いで、……………………そういう所が好きなんだけどさ。

「あのー…全部、さっきからちゃんと聞こえてるんですけど」

巴は困ったような微笑みで、伊武に話しかける。
しっかりと「好き」という単語は記憶に刻みつける。
今朝珍しく伊武から電話がかかってきた。
いつもは連絡するときは自分からかメールでのやりとりで、
彼からの電話というのは滅多にない。
なので、自分のケータイから伊武専用の着信音−CAN SEE THE LIGHT−が流れ出したときは、
嬉しいと言うよりも先に驚きと戸惑いが出てしまった。
伊武が、この自分に電話をするまでの用事とは一体何事だろうか?
くだらない雑談などで電話をかけてくるようなタイプでもなし。
いまいちピンと来るものがなかったが、とりあえず電話に出てみた。
出るときに思いついたのは、練習についてなのではないかという予想だけ。
実際、伊武が言うには全くハズレであったみたいだが。

「それで、なんの御用ですか?デートならデートだとか…
私、少々鈍いようですからはっきりと言ってもらわないと分からないですよ?
深司さん、受験生だし緊急な用なんでしょうか?」

結局答えが出ないので、直截的に訊いてみる。
ボヤキだすと止まらない伊武から答えを引き出すには、まわりくどいことを言ってもムダだ。
出会ってからの付き合いが1年以上続いて、ようやく覚えた事。

「受験て…一応一般試験も受けるけど特待生枠が決まってるから余裕なんだけどね…。
そんなことはともかく、緊急な用と言えばそうなんじゃないかな?」

緊急な用事。
それはいったい何なんだろう。巴は頭を抱える。

「ほら、何か忘れてるんじゃない?
先に行っておくけど、俺が忘れてる訳じゃないから。そこまでボケてないし」

うんうんと唸っている隣で冷静に伊武はそう告げた。
どうやらヒントを与えるつもりもないようで、面白そうに巴の表情を眺めている。
眺めるのに少々飽きてきたかな…と、伊武が思い始めた頃、巴は俯いていた顔を上げた。

「ああああああーーーーっ!」

急に悲鳴にも似た大声を上げる。
二人がいた所が待ち合わせ場所の駅前広場だったため周囲から注目される。
周囲の目とかそういったことはあまり気にしない伊武ではあったが、
さすがにこれでは少し恥ずかしい。

 …これじゃあ、まるで俺が巴に何かしたみたいじゃないか。忘れてる巴が悪いのに。
 …っていうかさ、こういう声は本当に何かしてから出してよ。

そう伊武がボヤこうとするより先に巴が声を出す。

「そういえば、普段洋食派のおばさんがお赤飯なんて炊いてるからおかしいなとは…」

「で、分かったの?」

呆れたように伊武が問いかける。
ここまで自分のことについて疎いというか鈍いと犯罪に近い。
ついでに、伊武の巴に対する気持ちにも鈍いのだからどうしようもない。
世間的には付き合っていることになっているし、
たまに本人同士にもそういった展開がチラとあったりするのだが、
二人の仲はいっこうに派手な急展開を迎えない。

「私の誕生日だから、深司さん呼び出してくれたんですね?」

ついうっかり長ボヤキをしそうになる自分を押さえつつ、伊武は頷く。

「あたり。……巴にしては早く答えを出した方なのかな?」

そういって腕時計を確認する。

「まあ、間に合いそうで良かった」

 …時間に間に合わなければ、このままここで引き返すこともちょっと考えたけどね。
 …もっとも賢いから、その時間も計算して待ち合わせ時間を決めたんだけどね。
 …あーあー、俺ってホント巴に関してはマメだよね。
 …嫌になっちゃうよね。

ボヤキながらさりげなく巴の手を取って街中を歩き出す。

「で、私はどこに連れて行かれてるんでしょうか?」

本当は伊武に連れられていくのならどこでも良いのだけれども、
とりあえず何か話さなくてはボヤキはノンストップなので、訊いてみた。
伊武は左手に繋がっている彼女の表情を一瞬伺い、そして答える。

「映画。そのあと公園前のカフェ」

「え?」

意外な答えに巴は目を丸くする。
普段二人で出歩くときは、中学生なので何となくブラブラしていることが多いからだ。
そして、伊武が巴を引っ張っていくこと自体が滅多にないのだから。
なにか観たい映画でもあったのだろうか?誕生日にかこつけて。
巴はなんでだろうと首をかしげつつ、
伊武の手が意外に温かいことと、実は自分に歩調を合わせてくれていることに
感激を覚えながらてくてくと伊武に引っ張られながら歩いていった。



「あー!面白かったですねえ、深司さん!」

巴は映画館を出て、開口一番満足げに声を上げる。
結構大きな声だが、いつものことなので伊武は気にも留めない。
巴の突拍子の無さに関してはいつの頃からかボヤくのを止めていた。
確かに、巴は大きな声で言いたいくらい満足を覚えていた。
以前から見たくて仕方ない映画だったからだ。
ただ、伊武の好みとは外れた映画だと言うことは知っていたので
たしか彼には言ってもいないはずだったのだが。
それだけに余計に嬉しくて満足だった。
思わず伊武の腕にぎゅっとしがみついてしまうほどに。

 …いてっ…全く巴は馬鹿力なんだから…もうちょっと加減して欲しいよ。
 ……胸が激しく当たってること気づいてるのかなあ。
 …まあ、しがみつかれること自体はいつでも構わないんだけどさ

ボヤキなんだか何なんだか分からない言葉を伊武は発する。
その発言で、顔を赤らめながらパッと身を離した巴に、

「ほら、俺にくっついていたいんなら歩けるように腕組んでよ」

と、腕を差し出しつつ伊武は提案する。
そして、しがみつかれた体勢から腕を組み直して二人は映画館をあとにした。
時間は丁度、お茶をするには良い時間帯で、
程なくして目的のカフェに到着すると店は混雑していた。

「あちゃー、このカフェ、人気ですね。ちょっと待つことになりそうですね」

このカフェは雑誌にも載るような人気店で、巴も一度来てみたかったのだ。
先日も雑誌のカフェ特集を杏と眺めていた所だ。
当然ながら雑誌の写真通りの外観でオープンになっているテラスからは
正面の公園を良く見晴らすことが出来た。良い雰囲気だ。
しかし、店の前にはなかなかの行列。
どうするべきか?やっぱり諦めるしかないかな、深司さん待つの嫌いそうだし。
そう巴が思いめぐらせていると、

「…予約している伊武ですが…」

隣で自分を腕を組んだままの男が店員にそう告げている。

「え?深司さん?予約なんてしていたんですか?」

驚いて巴は問いただす。

「行くの決めてたんだから当たり前でしょ?
映画終わってからここまでなら時間の見当もつくしね…それとも、何?…」

伊武のボヤキが始まりそうな所で、良いタイミングで店員が案内にやってきた。
二人が通されたのは、公園を見渡せるオープンテラス部分。
店内でも一番人気のある席だろう事は容易に想像がつく。
現に並んでいる人々の中には寒いにもかかわらずあえてその席を指定している人もいる。
店員二人にブランケットを渡して去っていくと
巴はとたんに落ち着きを無くしてあたりをキョロキョロし始める。

「…なにキョロキョロしてるの?一緒にいる俺が恥ずかしくなると思わない?」

「え?そ、そうですね。すいません。私こういう雰囲気のお店って初めてで」

「ふうん」

「あの、嬉しいです!この店、一度来てみたくて…よく知ってましたね」

「まあね」

二人が実のない会話を交わしているとしばらくして店員がやってきた。

「お客様、お待たせしました。ご注文の品でございます」

そしてテーブルに広げられたのは、普段食べるのとは明らかに違った
まるで芸術品のような装飾を施した洗練された小さめのワンホールケーキと
巴は紅茶、伊武はコーヒーとそれぞれの飲み物だった。

「うわっ!キレイですねえ!」

ケーキの装飾よりもキラキラと目を輝かせて巴は感嘆の声をあげる。
それを見て店員はニコと微笑みながら、

「これは私どもからのささやかなバースデープレゼントでございます、どうぞ」

そういって、巴にシンプルなリボンで飾られた包みを渡す。

「あっ、あけて良いですか?」

こういった店からの演出など受けたのは初めてで巴はドキドキしながら尋ねる。

「どうぞ、そちらはもうお客様のものですから」

そういって店員は一つ礼をして席から遠ざかっていった。

「で、巴?お茶、さめちゃうから開けるのはあとでにしなよ」

「は…はい!そうします!いただきますっ」

伊武に促され、慌てて飲食モードに巴は切り替える。

「……大人ならシャンパンの一つでも開けて祝うんだろうけど、とりあえず我慢してよ」

そういって伊武は手にコーヒーカップをもつ。いわゆる乾杯の体勢だ。
巴もそれを察して慌ててティーカップを手に取る。
カチン
軽くかち合わせて二人で乾杯をする。
普段慣れないことをしていることはお互い自覚しているので、
したあとで二人とも吹き出してしまう。
もっとも表情に乏しい伊武は巴でないと判別できないレベルではあったが。

「さあ、ケーキ、切り分けて。もちろんそれ一人で食べる訳じゃないよね?
別に巴の大食らいは今に始まった事じゃないけど、俺にも少しぐらい分けてよ」

「ああっ!ヒドい、もちろんこんな美味しそうなケーキ一人で食べる訳ないじゃないですか。
深司さんも食べられるようにキチンと半分こしますってば」

巴は慌てて几帳面にもキッチリ2等分に切り分け、それぞれの取り分け皿に盛る。
そして、二人は堰を切ったようにケーキを食べ始めた。
流石に人気店のケーキだけあって、文句なしの味だった。
口の中には甘すぎずスッキリとした味が広がる。
このケーキ、なんて言う名前のケーキだろう?
そう巴が思ったとき、ふとあることに気づいてしまった。
いや、ようやく気づいたと言うべきか。
普通はケーキの名前も分からないまま注文はしない。

「ところで、私たち、何の注文もしていなかったような気がするんですけど?」

店からのプレゼントや、素敵なケーキで全く気にも留めていなかった。
もちろん、それは伊武が事前に予約していたからに他ならない訳だが
そのことについては直接、伊武からの答えが聞きたかった。
自分のために、なにかしら言葉が欲しかった。
付き合っていくうちに彼の色んな表情を見つけることになったが、
それでもやはり普段は表情に乏しい彼だ。
だから積極的にそんな彼の色んな面を見てみたい。
その中には当然、自分を想う、自分を語る表情というものも含まれている。
少しドキドキしながら答えを待つ。
一体彼はどういう表情でどういう答えを返してくれるのか。
「もちろん、君のためだよ、ハニー」なんて甘い台詞は期待できないのだろうけど
むしろそんなことを言われては天変地異が起きる前触れじゃないかと心配になりそうだけれど。
それでも。
やっぱり。

「嫌だな、それって、口に出さなきゃ分からないワケ?」

巴は図星を指されたかのように、ビクと震える。
分かる。
分かるけれども…。

「分かりますけど、それを言葉にして欲しいと思うこともあります」

何も「好き」とか「愛してる」とか言って欲しいと言っている訳ではないのだから
これくらい言ってくれてもいいんじゃないかと巴は思う。

「まあ…今日は巴の誕生日だからね。言ってあげるよ。
全ては巴のために、今日のために俺が準備したんだ……これで満足?」

まるで降参といった表情で伊武はそう語る。
その言葉を引き出して、巴はじんわりと暖かい気持ちになる。
彼が、自分のために何かしてくれる、その心根が嬉しい。
態度や言動とは裏腹に彼が自分には優しい人だとは知っているけれど、
それでもはっきりとその気持ちを表されるのはやはり嬉しいものだ。
美味しいものを食べていることで、既にとろけ気味だった巴の顔は、
さらに幸せそうにとろけた笑顔を見せる。
その笑顔は、伊武が今日一番見たかった顔で、
それだけでも今日映画やカフェに色々手を尽くした甲斐があったなと彼は思う。

 …ズルイよなあ。その笑顔だけで何でも許されると思ってるんだから。
 …最強のアイテムだよね…やっぱり俺も許しちゃうんだからさ…あーあ。

思わず照れ隠しともとれるボヤキにもならないボヤキを漏らしてしまう。
本当に笑顔だけで何でもしてしまいそうな自分が怖い。
本来そういうキャラではないはずなのに、彼女のためなら色々してしまう自分が怖い。
もっとも、悔しいとも思わない訳だけれど。
いつの間に自分はこんなキャラになってしまったのだろう。
ため息をつきながら、今日に至るまでのネタばらしを話し始める。
こんな他愛のない話でも巴は嬉しそうに耳を傾けることは知っているから。

「杏ちゃんがさ、別にこっちは尋ねてもいないって言うのに色々言うからさ…。
巴が行きたい映画だの、カフェだの、好きなケーキの味だの…。
あんまり煩いもんだから、どうせなら全部やって黙らせようかとね。
まったくさ、あの兄妹はそろいに揃ってお節介だよね」

まあ、お節介というところは確かにそうかな、と巴はうなずく。
けれどもそのお節介のおかげで、いま巴は幸せなので
心の中で杏に向かって手を合わせて感謝する。
実は伊武と居るだけで充分幸せだったりするのだが、
それでもやはり、彼とこんな所に来られたりすることはさらに幸せなことだから。

「……あ、あともう一つお節介されたことがあってね……」

コトッ

一つ小さな小箱を巴の目の前に置いた。
赤いベルベット風のジュエルボックスだった。

「これは?」

「訊く前に開けてみたらどう?」

「そっ…そうですね」

慌てて箱を手に取りふたを押し開ける。
そこに入っていたのは小鳥のモチーフのペンダントだった。

「あっ…」

何処かで見たことのあるものだった。
一体、いつ、何処で見たものだったのか━━━。

「こないだ杏さんと買い物に行ったときに眺めていたショウケースの…!」

一瞬にして目を奪われたものだった。
鮮やかな赤い石の入ったシルバーの小鳥。
あの時は、杏に引っ張られるまでショウケースから動くことが出来なかった。

「もう一つのお節介って…これのことなんですね」

嬉しい。
とても、嬉しい。
これは確か自分では手が出ないお値段の、
自分に似合うかどうか自信が持てなかったものだった。
だから、眺めるだけで諦めたもので。
それをみて杏は伊武に買うように勧めてくれたのか。
伊武は人に言われたままに動くような人間ではない。
それが例え尊敬する橘の妹だとしても。
言われたとしても、自分が納得しなければ一歩も動かないタイプだ。
妥協は許さない。
だから、このデートコースにしてもプレゼントにしても、
彼が納得して行動に移したと言うことだ。
すなわち、自分たちがデートするのにこのカフェはふさわしいと考え、
自分が贈るものとして、巴に贈るものとしてこのペンダントがふさわしいと認めたのだ。

「つけてみて良いですか?」

「……巴のために贈ったんだからダメって言う訳無いだろ?ほら、つけなよ」

伊武に促されて、巴は慌てて首にペンダントをかける。
ひんやりとしたその感触がくすぐったい。
滅多にアクセサリーなど身に着けないので留め金に少し苦戦したものの、
無事に小鳥をデコルテにとどめることに成功した。

「あのっ、似合いますか……?」

伊武が自分に似合わないものなど贈るはずはないが思わず聞いてしまう。
なんとなく気恥ずかしさで間が持たなさそうだったからだ。

 …なに、その質問、俺のプレゼントのセンスが信用できないってワケ?
 …ああ、そうだった、これは巴が欲しがってたから俺が贈ったんだったよね。
 …まさか俺がいくら欲しがってるとはいえ巴に似合わないもの贈ると思ってる?
 …思ってるんだ…だからそんなこと訊くんだ…。うわー、酷いこと言うねー。

再びボヤキ始める。
しかし巴は彼の言いたいことを汲み取り、笑顔でこういった。

「要するに、似合ってるって事で良いんですよね?うれしいです。ありがとうございます」

いつもなら、伊武のボヤキに拗ねて見せたりする巴が笑顔で答えたものだから
その不意打ちに伊武は思わず体勢を崩される格好になった。
普段のポーカーフェイスが崩されるという格好に。
少し照れたような、驚いたような表情に、巴も同時に驚く。
まさか、伊武がこんな表情をするとは思わなかったので。
胸の奥に痛いとも甘いともとれる衝撃が走る。
自分が彼にこんな表情をさせることが出来るなんて。
少しは自惚れても良いのかなと。

「……」

「……」

お互い照れが入って何となく次の言葉が出てこない。

「…………あっ、そうだ!欲しいものをいただいたあとで言うのは申し訳ないんですが
もう一つ、欲しいものがあるんですよ。もらえますか…?」

巴は急に思い出したようにそう告げる。
確かに欲しいものがあった。
もうひとつ、伊武からもらいたいものが。もらいたい言葉が
伊武もこの照れくさい事態から逃れられたことにほっとしつつそれに答える。

「……何?人からこれ以上与えられようなんて贅沢じゃない?」

伊武は何をねだられるのか、見当もつかない。
そもそも巴はいつも考えを読みにくいので、
見当がつかないことは今に始まった事ではなかったのだが。
ついつい探るような表情になってしまう。
巴はそれに気づいてくすくすと笑う。

「違います、もらう…って言うのは確かですけど、簡単なことなんですよ」

「だから、何?何が欲しい訳?」

笑いが治まらないのか、巴はニコニコしながら答えを告げる。

「だからですね、まだもらってないんですよ…深司さんから『誕生日おめでとう』って言葉。
そりゃ、今日は色々してもらいましたし、プレゼントまでもらっている訳ですけど」

伊武は内心何を言われるかドキドキしていたのでホッとしていた。

「なんだ、そんなこと?」

なぜ、そこに巴が引っかかりを感じて、言葉を欲したのか分からない。
気持ちなら充分伝わっていると思うのだが。
自分がここまでしているというのに。

「そ、『そんなこと』じゃないですよ〜!
彼氏からそれを言われるのは特別じゃないですか!年に一度しか無いんですよ」

すこし、むくれて見せつつ巴はそう言った。
自分自身誕生日に拘っている訳でないので誰に言われなくても構わないけど、
彼氏━━━伊武だけは例外だ。
彼の『おめでとう』、その一言だけで一年良い気分でいられるような気がするのに。
ふくれた顔で、ジトっとした目で巴は伊武を見つめた。

「……」

巴は伊武の言葉を待つ。
待たれていることに流石に伊武も気づく。
無言のプレッシャー━━━試合でも感じたことがないほどのプレッシャーを感じる。

「…………………………巴、誕生日おめでとう」

もちろん、言うのは簡単だがプレッシャーの中で上手く言えたかどうかは分からない。
きちんと噛まずに言えたのだろうか?
それすらもよく分からないままに口走っていた。

「ありがとうございます、深司さん。
プレゼントも、お祝いの言葉もとっても嬉しいです」

柔らかく微笑みながら伊武の目を見つめて巴はそう礼を言った。
そして、ふとあることを思いついて行動に出ることにした。
巴は顔を真っ赤にしながら身体を伊武に向かって乗り出した。

「今日一日、深司さんと一緒でよかったです。
……これ、感謝の…今日のお返しになるかどうか分かりませんけど…」

伊武の頬に柔らかいものが押し当てられる。
訊かなくても、確認しなくてもそれが何なのかは誰よりも伊武にはよく分かる。
もっともこれまた予想外のことで絶句して訊こうにも訊けない状態ではあったのだが。
何も言わない伊武に、ハッとして身体をとっさに離す。

「スイマセン…い、いやでした?もしかして」

おそるおそるそう尋ねる。

 ………………………………………………………………………………全く、嫌になるよね。
 …ホント。

聞こえるか聞こえないかのところで、伊武はボヤキ始める。

「はい?深司さん」

巴はとっさに訊き返す。
しかし、ボヤくばかりではっきりとした言葉での答えは返ってこない。

 …まったくさ、これだけのプレゼントのお礼が頬にキスってどうなんだろうね?
 …しかも人気店のオープンテラスにいるって事、忘れてるんじゃないのかな?
 …杏ちゃんがここ知ってるって事は、絶対部の連中は何処かで見てるだろうしさ。
 …あーあ、はずかしいったら。あ、それとも見せつけようとしてる?そうだろ。
 …まあ、それもいいけどさ、どうせならもうちょっと落ち着いた所でして欲しいよね。
 …あ、イイコト思いついた。次の俺の誕生日のお返しも同じにしよう。
 …そうだどうせなら頬じゃない所が良いかもね、ネタパクリ過ぎるのもなんだし。

「って、言う訳で俺の誕生日にはお礼のネタが被るけど、怒らないでよね。
俺のお礼に見合うようなお祝い期待してるからさ」

ずっと付き合っていくうちに、お互いの誕生日を重ねていくたびに
お礼がエスカレートしていくのだろうか?
いくら鈍い巴とはいえ、それぐらいの考えには至る。
それに気づいた巴は顔を赤くして良いのか、青くして良いのか分からなくなってしまった。
とにかくこれからも伊武と一緒にいること自体には異存はないのだけれど。



END






2006年の私の誕生日祝いと言うことでななせななさんに戴いてしまいましたv ひゃっほう。
巴ちゃん誕生日ネタですよ! ニヤけた笑いが止まらなくてヤバいです。
願わくば私も峰っ子と一緒にこの情景を盗み見したい……!←覗いているのは確定なのか
巴ちゃんにはまめまめしくベタ甘な伊武がいいですね。照れた伊武、見たいなぁ(*^^*)。
ステキプレゼントをありがとうございました!
東に感謝と愛を送りつつ……(←迷惑)。

ななせななさんのサイトはこちら→『heartless

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