ひとつ息を吸い、呼吸を整えると扉をノック。 ……すると同時に扉を勢い良く開く。 「チャオ! 中尉さん!」 いきなり開かれた扉の向こうでは、驚いた顔の大神。 「うわっ! いきなりどうしたんだい、織姫くん」 「ちゃーんとノックはしましたよ?」 すました顔で嘯く。 「…………ノック、した?」 「しましたよー。中尉さん、耳まで悪くなりましたか?」 「……耳『まで』?」 「それはさておき、でーす。そろそろ見回りの時間じゃないですか?」 織姫の言葉に、大神は時計を見る。 二十二時。 確かに見回りに出る時間である。 「そうだな……。 って、織姫くんこんな遅い時間に部屋を訪ねてくるのは感心しないぞ」 「相変わらず中尉さんはお堅いですねー。 だいたいハジメに夜遅く尋ねてきたのは中尉さんの方でーす」 「はじめに……?」 しばし、考える。 「ひょっとして、いっっっっちばんはじめに見回りに誘ったときのことを言っているのか?」 「あ、ちゃーんと覚えてましたね? 今日は私が誘いに来てあげました。さ、行くですよー」 半ば強引に大神の腕を引っ張っていく。 大神は苦笑しながらも逆らおうとはしなかった。 一緒に他愛のない話をしながら、劇場をひとつひとつ、見回っていく。 二階から一階へ。 一階客席に入ると、織姫は先に立って客席中央へと向かう。 「夜の劇場は、広く見えるですねー。 ……中尉さん、私がここで演目を何回やったか、覚えてますか?」 「そうだな、『リア王』に『青い鳥』、『夢のつづき』に、……クリスマス公演『奇跡の鐘』」 大神が最後に挙げた公演名に、織姫は微笑んだ。 『奇跡の鐘』 クリスマスのたった一日だけの公演。 だけど、あの公演をきっと一生忘れることはない。 「これからも私は、ここでたくさんの舞台を演じるでしょう。 ……ここで。 世界中で一番の、この劇場で」 織姫の目は舞台のほうを向いていた。 彼女の目には、今現在の真っ暗な舞台ではなく、 いままでの、そしてこれからの華やかな光あふれる舞台が見えているのだろう。 目線は舞台の方を見ながら、不意に織姫が言った。 「中尉さん、『七夕伝説』を知ってるですか?」 「ああ、知ってるよ。 日本ではみんなが知っている有名な話だからね」 「最後に織姫と彦星は、離れ離れになっちゃって、一年に一度しか会えなくなっちゃいます。 その一年に一度の日が、7月7日。 ママは、その日に生まれた私に織姫の名前をつけました。 近いうちにパパと離れ離れになるのが、わかってたんでしょうか……」 そして、カリーノと星也は一年どころか十年以上も離れ離れだった。 遠く海を隔てた地で。 「私、ずっとこの話嫌いでした。 一年に一度しか会えない相手をずっと思っているなんて、ナンセンスだって、思ってました。 けど」 大神の方を振り返る。 そして、にっこりと笑う。 「中尉さん、 ヨーロッパの舞台はすばらしいですよ。ぜひ見てきてくださーい。 で、帰ってきたら 『やっぱり帝劇が最高』って、そう言ってください」 「ああ、そうだね」 「ただ、私はベガやママみたいにずっと待ってられないですから、我慢キレたら飛んでいくかもしれないですよー?」 冗談めかしてそういうと、舞台を後にして扉を開き、ロビーにでる。 「さ、中尉さん見回りを続けますよー! ぐずぐずしないでさっさと行くでーす」 大神がそのあとに続く。 パタン、と音を立てて扉がしまり、客席と舞台にはまた、夜の静寂が訪れる。 -----Happy birthday!----- |