「ここから先は村のものしか……」 弱りはてたように言う村の人間にを押し退けてボーマンは森へ入った。 「悪いが緊急だ。人命がかかっている。 悠長に許可を取ってる暇はない!」 この森に入ることに許可が要ることは知っていた。 モンスターが出ることも知っている。 しかしそんなことはどうでもいい。 問題は、今必要な薬草がここにしかないと言うことだ。 森の中にわけいる。 目を皿のようにして薬草を探す。 決して見逃さないように。 「……あった!」 やっと見つけた一株。 しかし、ボーマンの目に入ったのは、その薬草だけではなかった。 暗い森の中で、はっきりそれとわかる、すでにボーマンを捕らえている二つの眼。 ……カルライーグル。 幸い、武術の心得はある。とっさに構えを取ったが、ボーマンは逡巡した。 朱雀双爪撃を放てば簡単に奴を倒すことが出来るが、火焔が薬草にまで及ぶ恐れがある。 気功撃のみで、果たして、倒すことが出来るか…? 考えている暇は無い。 今は一刻も早くニーネに薬を届けなければ。 掌に気を集約させる。 そのまま、一気に放つ。 攻撃を受けたカルライーグルは逆上してそのままこちらに飛びかかってくる。 嘴で攻撃を仕掛けられ、肩に衝撃が走る。 ……熱い。おそらくこれは、すぐに傷みとなって自分に返ってくるだろう。 だけどそんなものはどうでもいい。 とりあえず、今こいつを倒して、歩いてラクールまで戻ることだけ出来たら。 ニーネを助けることが出来たら。 あとは、どうなってもいい。 続いて気功撃を放った。 さきほどボーマンを止めようとしていた村人が、森から出てきたボーマンの姿を見てギョッとする。 無理も無い。 左肩は服が破れ、そこからであろう血が服を染めている。 ボロボロの状態で、右手にだけは大事そうに一株の薬草を握り締め。 「だ、大丈夫ですか? ああ、だから言わんこっちゃない…」 「ああ、先ほどは失礼しました。すぐに立ち去りますから」 「それはとりあえずいいから、すぐに手当てをしなくては!」 「いえ、急ぎますので……」 なおもひき留めようとする村人に軽く会釈すると、ボーマンはそのまま村を後にする。 早く。 一刻も早く。 失血で倒れてしまっては元も子もないので、とりあえず止血だけはすませてハーリーまで向かい、自分の手当てはハーリーからヒルトンまでの船の中ですませた。 後から思うと、そんなぼろぼろの姿の自分をよく船に乗せてくれたものだと思う。 しかしそのときは、何も思わなかった。 ただ一点のことしか頭には無かった。 早く。 一刻も早く。 早くニーネのところへ。 ラクールに到着すると、すぐに薬を処方してニーネに与えた。 時間がかかりすぎている。病根が絶たれるのが先か、ニーネの体力が尽きるのが先か。 ラクールにボーマンが帰還してから二日。 奇跡は起こった。 ニーネの意識が回復したのである。 その報を受けたボーマンはしかし、すぐにニーネの元へ向かうことは出来なかった。 無断で主任が研究所を離れたことによる責任問題や研究の滞りの解消でしばらく研究所を離れることが出来なかったのである。 ようやっとのことでボーマンがニーネに会う事ができたのは数日後。 途中経過を見ていないボーマンにとっては信じられないほどにニーネは回復していた。 一週間以上も寝込んでいた為、まだベッドから離れることは禁止されていたが。 「ボーマンさん!」 ボーマンの姿を認めると、嬉しそうに声をあげる。 やっと、いつもどおりの笑顔だ。 その顔を見てやっと、ボーマンの身体に今までの疲労が一気に押し寄せ、彼は傍にあった椅子に深く座り込んだ。 いまさらのように、本当に今さら、左肩の傷が傷む。 「もう大丈夫みたいだな」 「はい。随分迷惑をかけちゃったみたいで…。 あ、ひょっとして、肩ケガしてます?」 「いや、たいしたことは無い」 「ダメですよ! 私の見舞いなんてしてる場合じゃないじゃないですか!」 自分のことはもう眼中に無い様子で本気でボーマンの心配をしているニーネに、こらえきれずにボーマンは笑い出した。 そもそも誰のせいで負った怪我だか知らないらしい。 理由もわからず笑われて、憮然としている。 ひょっとしたら、ここまで大笑いしたのは涙を隠すためだったのかもしれない。 翌日、ボーマンは今現在行っている研究の目鼻が立ち次第研究所を辞する意を表明した。 当然の事ながら、研究所は必死になって彼をひき留めようとしたが彼の意思は変わらなかった。 ここには、自分の求めるものは無い。 自分は、もっと、生身の人間と接したい。 自分の出来ることで、誰かを助けたい。 「ボーマンさん、お城を辞めて、これからどうするんですか?」 「そうだな、とりあえずリンガでもう一度勉強をしなおしながら、薬局でもやるかな。 ……いままでずっと駆け足でやってきたんだ。寄り道も、悪くないさ」 「そうですかぁ。 寂しいですけど、リンガなら遊びに行くことも出来ますしね」 「なんなら、一緒に行くか?」 「…………え?」 物語は、ここからもう一度始まる。 |