君を忘れない




「よ、雨紋」
「……ああ、龍麻サンか」
「どうしたんだ、その花束」

 雑踏の中で雨紋を見かけて声をかけた龍麻だったが、その手にある花束に目を留めて尋ねた。
 今日はトレードマークの槍も持っていない。かわりにギターケースを肩に掛けている。


 ピンク色を基調とした。可愛らしい花束。


「ああ、今日は……彼女の命日だから……」




 それは『CROW』が『CROW』として確立するよりまだ前の話である。


 バンド仲間の一人の妹は、もう永の患いでずっと病院での生活だった。
 そんな彼女に会いに、メンバーでよく病院まで行ったものだった。
 病院の一人部屋。余り外出もできない。寂しいだろうな、そう思ったからよく通った。

「よ、今日の調子はどうだ?」
 軽く声をかけながら病室に入る。
 たいがい彼女は本を読んでいるかヘッドホンで音楽を聴いていた。


 自分たちが入ると、嬉しげにこちらを向く。
「あ、雨紋さん、いらっしゃい。今日は調子がいいわ」
 いつも、同じ返答。
 そんな筈はないのに。
「そうか、なら良かった」
 だけど、こちらもそれ以上は何も言わなかった。

「私、雨紋さんの作る曲、好きよ。
 きっと今にメジャーになれるわね」

 そういって、デモテープを聴いてくれていた。今みたいに人気が出る前のことだったから、それは本当に嬉しかったし励みにもなった。


 そんな、ある時のことだった。
 雨紋は一人、友人に呼び出された。

「……あいつと、つきあってやってくれないか」
「え?」
「あいつは雨紋、お前のことを慕ってるんだ。
 ……たぶん、あいつは今年の冬はもう越えられない……」


 雨紋も薄々予感は感じていた。
 会いに行く度に白くなる肌。小さくなる身体。


 だけど。


「……悪い、あの子はイイコだけれどそう言う風に考えたことはねえんだ。
 妹みたいに思ってるからよ。
 だけど、それで良ければこれからも通わせて欲しい。……ダメか?」

 自分に嘘を付くことは、出来なかった。
 今でも、思い出すと惑う。
 あの選択は間違ってはいなかっただろうか?
 嘘でも、彼女の気持ちに応えた方が良かったんじゃないだろうか?


 それでも、雨紋はそれからも病室に通い続けた。
 暇が出来ると、いや、暇を作って彼女に会いに行った。



 そして、それは秋風が吹きはじめた頃だった。
 辺りを窺いながら雨紋は病室に入っていった。


「あ、雨紋さん、いらっしゃい。……どうかしたの?」

 雨紋は人差し指を口に当てると、背後からギターを取りだした。

「アンプに繋がねぇからそれほどデカイ音は出ないと思うけど、やっぱ病室だからな」


 パイプ椅子に腰掛けると、ギターをそっとつま弾く。
 それに合わせた小さな声で、歌を歌う。
 バラードだ。


 静かに、優しい曲が始まり、そしてゆったりとそれが終わる。

 彼女は、やはり大きな音を立てないように、しかし嬉しそうに拍手をした。

「ありがとう……。すごくいい曲だった。
 初めて聴いたけど、なんて言う曲なの?」
「いや、昨日作ったばかりだから、まだ題は決まってねえんだ。
 よかったら、アンタにやるよ、この曲」


 彼女の目が驚いたように見開かれる。


「いいの?」
「ああいいぜ。
 いつか、メジャーになったらアンタを一番前の席に招待する。
 そしたら、今の曲をまた歌おう」
「うん。約束ね」


 嬉しそうに笑った顔を今でも覚えている。


 それから後は急だった。
 一週間もしないうちに彼女の様態は急変し、枯葉の色が変わりきる前に彼女は荼毘に付されていた。 




 墓石の前に、そっと花束を置く。
 背後でそっと龍麻も手を合わせた。
 会うことの無かった少女に。


 雨紋は墓石の前に座り込むと、不意に歌いだした。
 あの時と同じ、アンプを繋いでいないギターで、小さな声で。



 『CROW』のライヴはいつも最前列の席がひとつ、空席になっている。
 ……そして、あの時作ったバラードは、演奏されたことがない。



〜Fin〜

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あとがき

「・・・龍麻いなくてもいいじゃん」とか言わないように(笑)。
雨紋くん裏設定SSです。
どうして彼だけこうもおいしい設定が多いのか(そしてそのほとんどが全く表にでずに闇に葬られているのか)。
確か彼女はバンド名の名付け親でもあったと思うのですがちょっと今資料(コーエーの攻略本)が手元にないので詳しいことは分かりません(爆)。
クロニクルには余り詳しく載ってなかったですからねぇ。期待したのに。
名前は捏造しようかとも思いましたが別になくても話は進みそうだったのでそのままいってみました。